オークションのカタログ

 美術品、アンティークなどのオークションの開催にあたっては、カタログが発行されます。これらは一般の書店やkioskで購入するものではなく、オークションハウス、オークション会社で直接購入します。

 
 最近ではインターネットでカタログそのものが一定期間閲覧できたり、有料会員向けのwebサービスなどを行っているところも多いですが、紙のカタログそのものは、後々の資料として大変重要な役割を果たします。
 

 ある工芸品がほとんど同じ品で、同じ年代、同じ状態のものでも値段が違う場合、その値段の差の理由の1つに、「来歴」があります。有名人が所有していた(例えばアラン・ドロンのコレクションだった、という場合)、然るべき場所にて所有・保管されていた(例えばモナコ宮殿にて展示されていた、という場合)、といった例がありますが、これと同様に「xxx年xx月xx日のooオークションカタログに掲載された」というのも立派な来歴になり、そのオークションが高名なものであればあるほど付加価値が付きます。
 

 そもそもオークションでカタログを作成するのは、手間と費用がかかります。もちろんカタログそのものは有料で販売していますが、カタログ制作費が販売代金でカバーできないケースは多いので、カタログに掲載される品というのは、一定以上のレベルのもの、と言ってもよいでしょう。
 

 オークションでもカタログを発行しないレベルのもの(主に「箱オークション」と呼ばれる、比較的安価な品をまとめたオークション)は存在します。こういったオークションであっても、Lotごとの簡略な内容とエスティメート(評価額)を記したリストが作成されるのが一般的です。
 

 そしてオークションカタログそのものが、「品」として値がついて、やがてオークションに出品される、といったことも起こります。
 

 例えば2009年にグラン・パレで行われたイヴ・サン・ローラン&ピエール・ベルジェの世紀のオークション、このカタログはそもそも6冊セットで200ユーロで販売されていたものですが、現在1000ユーロ以上の値が付いているようです。
 

「世紀のオークション」 グラン・パレ会場

「世紀のオークション」グラン・パレ会場

 

6冊セットのカタログ

6冊セットのカタログ

 もちろんすべてのカタログがこうではなく、逆に古書店などでは終了したオークションカタログが投げ売り状態の安い均一価格で売られています。そんなカタログでも、文献資料として役立つものもたくさん埋もれているので、興味のある分野のオークションカタログを数冊じっくり読み込んでいくと、時代の傾向、市場価格なども色々とわかることが多いです。
 

 オークション・カタログを制するものはオークションを制す!?


アート・ディーラー(画商)とアーティスト

アーティストの名前は知られていても、彼らを世に出したアート・ディーラーの名前まではなかなか後世に伝えられないのかもしれません。メディチ家がルネサンス期の芸術家たちを擁護するパトロンとしての力を持っていたのは知られていますが、近現代においては君主の擁護がなくなった代わりに、アート・ディーラーがその役目を担った、と言ってもよいでしょう。

現在、パリのリュクサンブール美術館で開催されている展覧会、
 

expo_Ruel

             『Paul Durand-Ruel
          Le pari de l’impressionnisme
             Manet, Monet, Renoir』
           『ポール・デュラン=リュエル
                印象派の賭
            マネ、モネ、ルノアール』
 

などは、まさに印象派のアート・ディーラーとしてのポール・デュラン=リュエルの扱った作品を展示しています。パリの後、今年はロンドンのナショナルギャラリー、アメリカのフィラデルフィア美術館を巡回します。
 

アート好きなパリっ子でも、実はデュラン=リュエルの名前を知らない人は沢山います。「そんな画家の名前、聞いた事ない」って、やはりアーティスト名と勘違いしてしまうのですね。
 

ルノワールによるデュラン=リュエルの肖像画

ルノワールによるデュラン=リュエルの肖像画

現在では「ギャラリスト」と言う呼び名もあり、彼らは自らギャラリーオーナーとなって、芸術家を一緒に育て、プロモートしていく仕事ですから、ただ作品を転売するアート・ブローカーとは違う、という自負を持っている人も多いようです。19世紀〜20世紀にかけてのフランスでは、このデュラン=リュエルをはじめ、ヴォラール、カーンワイラー、ギヨームなど、多くのディーラーたちが芸術家を支え、世に送り出したという経緯がありますから、彼らの功績をもっと評価してもよいのでしょうね。