ウィンザーチェア、シンプルな機能美に満ちた、この愛らしい椅子

 AEAOサロン倶楽部10月の会は、秋晴れで日差しの眩しいお天気の中、開催されました。
 

 今回は日本民藝館で開催中のウィンザーチェア展の見学を含め、ウィンザーチェアについて学びましょう、というテーマ。通常まずは見学前の勉強会を行うのですが、ミュージアムカフェを含め、適当なカフェが近場にありません。パンがなければケーキを・・・ではないですが、カフェがなければレストランで、というわけで、東大キャンパス内にある、フレンチレストランでランチをいただきながらの勉強会という、ちょっとゴージャスなサロンになりました。
 

 守衛さんの厳しいチェックのある大学もありますが、われらが(!?)東京大学駒場キャンパスは、公開試験会場などにもなっているせいか、フリー。もっともこの広大な敷地内に、学食ではなく一般のレストランがあるのですから、まあ当然ですね。
 

 11時の開店と同時にレストランへ入り、ランチをいただきながらのミニ・レクチャー。ウィンザーチェアの由来は?いつからある、どんな椅子?イギリスとアメリカでウィンザーチェアは違うの?なぜ日本でこんなに有名なの?ウィンザーチェアの影響を受けた家具デザイナーって?といったことを学びます。
 

 ランチお勉強会の後は、東大キャンパス内をお散歩しながら、日本民藝館へ。この辺りは高級住宅街でもあるので、みんなで「あの家、素敵〜!」「停まっている車、何気にすべて外車ですねえ」なんて街を散策しながら、到着。趣のある、立派な建物が青空に映えています。民藝運動の中心人物であった柳宗悦が初代館長を務めた、歴史ある博物館です。
 

 

 靴を脱いでスリッパに履き替え、目指す大展示室「ウィンザーチェア ー日本人が愛した英国の椅子」にて、現物のウィンザーチェアを鑑賞、これだけのさまざまな種類のウィンザーチェアが一堂に会すと、圧巻です。コムバック・チェア、ボウバック・チェア、ロウバック・チェア・・・。
 

 イギリスの古陶スリップウェアなどの展示も愉しみ、西洋アンティークの世界は、決して王朝文化だけからのものではない、ということを再認識できた、よい展覧会でした。
 

 

 日本民藝館でのウィンザーチェア展は、11月23日まで開催されています。
 

 
 
 


ブティを知っていますか?

 「ブティ」という言葉、聞いたことのある人はどれだけいるでしょうか。フランス語ですが、実はフランス人でも、知らない人が結構います。知っている人でも、なんとなくイメージは頭に浮かぶのですが、じゃあピケとの違いは?なんて聞かれると、しどろもどろに。
 

 AEAOサロン倶楽部9月の会では、布の彫刻とも呼ばれるブティに焦点を当て、ブティついての歴史を学び、実際のブティの作品に手を触れ、そしてまた一方で、現行品のブティはどうやって作られていてどんなものが商品化されているのか、そんなことをみなさんで学びました。
 

 第1部は、ブティに関する歴史の講義。ゲスト講師は、アンティーク・スペシャリストでもあり、日本ヴォーグ社出版部長の小山ひろ子先生による、テンポの良い解説、ご自身が自ら取材に行かれたカルヴィソンのメドン・ド・ブティの写真などもプロジェクターで見せていただきました。小山先生は、日本ヴォーグ社より出版されているブティの本の編集担当をも務めた、この世界の大ベテランです。
 
 
 

 ブティ、ピキュール・ド・マルセイユ、ヴェルミキュレ、ピケ・ド・マルセイユ(マトラッセ)、と舌をかみそうなカタカナがたくさん出てきますが、みなさん興味がある方々ばかりだけあって、知識のある方もたくさん。いろんな質問も出て、活発な講義でした。
 

 場所を1ブロック移動しての第2部は、フランス雑貨&アンティーク・ブロカントショップ、M’amour (マムール)にて、ブティの現行品を実際に見て、アンティーク・テーブルウェアとのコーディネートのノウハウなどを、ショップ・オーナーの名津井麻真さんより、学びました。名津井さんは長年フランスのインテリア業界で輸入のお仕事に携わっていて、現地の業者さんとの親交も大変深いオーナーです。
 
 
 
 どうしてブティを日本に仕入れることになったのか、どんな業者さんとおつきあいがあるのか、そんな裏話をもいろいろと語ってくださる名津井さん。
 

 ブティを実際に作ったことのある人なら誰でもわかるのですが、1日でどれだけの量が出来上がるのか・・・それはそれは気の遠くなる針仕事、現代ではそんなハンドメードのものを商品化したら、とてつもない価格に跳ね上がってしまいます。さすがに現行品では、機械による製作なのですが、中には型が機械で作られていて、ガッシャン、と型押しするようなものも存在する中、マムールさんでお取引している商品は、ミシン縫いだけれども、1点1点人の手で作っている商品。それゆえ、同じ品番のものでも、1つ1つサイズや形が微妙に違うのだそうです。日本はとにかく検品がうるさい国ですが、そもそも人の手が加わっていれば、微妙に異なるのは当たり前のことですね。
 

 ベッドカバーのブティなどはあまり使う人も多くないのか、やはり売れ筋は小さなテーブルマットのようなサイズのもの。そのテーブルマットも、ヨーロッパではディナープレートにカトラリーにグラスが収まるサイズゆえに、日本のテーブルでそれを全員が使用すると、大きすぎる!ということにも。そんな場合は、そのマットをテーブルセンター代わりにしたり、クローゼットの上に敷いたり、フラワーベース敷きにしたり・・・はたまた、この分厚さがちょうどいいわ、と車の座席用クッションにしてしまう方など、使い方は様々なんだそうです。
 

 3連休初日、もう台風が上陸!という日でしたが、幸い午前中はまだ影響もなく、雨もほとんど降っておらず、なんとか無事終えることができました。
 

 小山先生が講義の最後に仰られたこと、「要は、どこの国でも女性は針仕事をして暮らしていたんですね」ではないですが、今回のAEAOサロン倶楽部の参加者は、全員が女性!華やかな、楽しい会でした。
 
 


大正ロマンとモダンガール

 西洋アンティークは好きなんだけど、和骨董はよくわからない、という人、あるいはその逆で、「洋物はカタカナよく覚えられないんだよね」という骨董大好きコレクター、いろいろな方がいらっしゃいます。でも、ヨーロッパと日本の文化は互いに影響しあい、時には融合されたオリジナルな文化が生まれました。シノワズリーやジャポニスムが西洋で起こったように、日本にも西洋文化が独特の形で入り込んできた時期がありました。
 

 それが、「大正ロマン」とか「大正モダン」と呼ばれていた時期で、必ずしも大正15年間に限ったわけではなく、広く明治末期から昭和初期にかけての、いわゆるハイカラな時代を総称しています。さしずめ日本版ベル・エポックでしょうか。
 

 この時代は、社会的に安定していたわけでも問題がなかったわけでもないのですが(第一次世界大戦、米騒動、関東大震災・・・)、それでも自由を謳歌する文化が花開き、西洋文化の影響を受け、モダンガール(モガ)と呼ばれる人たちが登場しました。
 

 8月のAEAOサロン倶楽部は、まさにそのモダンガールを平成の現在でも実践していらっしゃる、日本モダンガール協會代表の、淺井カヨ先生をゲスト講師にお招きし、『大正ロマンの西洋アンティーク』と題し、前月同様古民家カフェ・藤香想にて行われました。
 
 
 
 
 淺井先生は、お召し物からすでに大正ロマン、お化粧や髪型も当時のモガを彷彿させるのですが、それ以外にもたくさんのお品をお持ちいただきました。今から80年ほど前の、蚊取り線香やうちわ、多分日本にこれ1枚しかないのではないかと思われる水着、化粧袋、手動マッサージ機・・・サロン参加者のみなさんは、普段それなりにアンティークを愛でて、生活に取り入れているにもかかわらず、淺井先生のこれらの品にはどれもこれも「おぉぉ!」と狂喜乱舞!
 
 
 
 

 そして、昨年完成したという、小平に建てられた文化住宅についてのお話も、写真を用いてレクチャーしていただきました。電気冷蔵庫ではなく氷冷蔵庫を使用、携帯電話はお持ちでなく黒電話、テレビの代わりに蓄音機で音楽を聴く生活、冬は火鉢で暖を取ります。アルミサッシやプラスチックを使用しないで木枠で作られた窓や、タイルを使ったお風呂、竹で作られた物干し竿・・・これはもう興味津々です。
 
 
 
 

 ティータイムの懇親会では、もういろいろな質問が出るわ出るわ、わたしたちは100年前の日本のことを、こんなにも知らなかったのだ、とあらためて思いました。
 

 本日は、大正百五年八月二十六日、本当に楽しい会でした。
 
 


たくさんのバルボティーヌに囲まれて in 藤香想

 AEAOサロン倶楽部・7月の会は、「バルボティーヌ陶器を知る!」というテーマにて行いました。
 

 会場は、本サロンで初となる、古民家カフェ『藤香想』。池袋からメトロで1つ先の駅、要町の住宅街に、いきなり緑が生い茂るお庭に囲まれたレトロな空間があります。そこが知る人ぞ知る『藤香想』、昭和28年に建てられた民家を改造して、2014年にオープンした、ほんわり温かい雰囲気のカフェです。ここは単なるカフェではなく、ギャラリーでもあり、コンサートホールでもあり、ヨガやら哲学カフェやら、いろいろな文化イベントを通して、人々が集う空間として存在しています。
 

 集う家 カフェ『藤香想』(とうかそう)の物語
 

  
 チェーン店のカフェばかりのこの時代、非常に貴重なカフェですね。
 

 この要町界隈は、昭和初期には大勢の芸術家たちが暮らしていたらしく、「池袋モンパルナス」と呼ばれている(いた?)とか。池袋モンパルナスについては、Wikiにも記事が出ています。
 

 池袋モンパルナス(Wikiの記事)
 

 この藤香想には、2階に和室の個室スペースがあり、今回のAEAOサロン会場で使用させていただきました。西洋アンティークを畳の部屋で!?というミスマッチは承知の上、しかしなかなかまったりしてしまうのが和室の魅力でもあります。
 

 さて、本題のサロン、バルボティーヌですが、今回はゲスト講師として、古美術ランジュドメゾンの店主・森岡美香さんによるレクチャーで行われました。たくさんのバルボティーヌ陶器をお持ちいただき、実際に触ってひっくり返して、窯の刻印や釉薬のかかり方を見ながら、歴史、形成方法、なぜ19世紀後半から20世紀初頭にかけて流行ったのか、なぜ今は作られていないのか、アンティークのバルボティーヌと現代のものとの違い、どんな窯があるのか、人気のモチーフは・・・とありとあらゆるお話をいただきました。
 
 
 
 
 

 藤香想特製の「棒茶」とコーヒーゼリー&アイスクリームのティータイム中も、みなさんでアンティーク談義に花が咲き、楽しい日曜日の午後のひとときでした。
 

 次回8月のAEAOサロンも、引き続き藤香想にて行います。次は「大正ロマンの西洋アンティーク」、和と西洋アンティークのテーマにふさわしい会場です!
 
 


ミュシャとムハで無茶しました!?

 AEAOサロン倶楽部、5月の会は今年度上半期最大のイベントでした。毎月、何かしらテーマを決めて行っているこのサロン、ちょうど国立新美術館で開催中のミュシャ展に合わせて、話題になっているスラヴ叙事詩とアール・ヌーヴォーの作品の対比を、レクチャーと音楽で紐解いていきましょう、という企画でした。

 
 会場は、この企画にうってつけの、一誠堂美術館&カフェ・エミール。自由が丘にあるこの美術館は、アール・ヌーヴォーのガラスの工芸館として、ゆとりと豊かさを感じさせてくれる極上のサロンです。また、カフェ&エミールは、ミュシャのポスターで壁面が装飾されている、シックなサロン・ド・テ。この会場を、AEAOサロン倶楽部のために貸切で提供してくださった、川邊会長の温かいおもてなしに感謝です。
 
 
 

 前半は、群馬県立近代美術館館長・岡部昌幸先生による、ミュシャのレクチャー。いっときは忘れられた作家であり、またチェコ時代は時代に取り残された、不遇な作家として生きた、その一生をパノラマ的に解説してくださいました。

 

 ティータイムをはさんでの後半は、東京フィルハーモニー交響楽団のヴィオラ奏者である手塚貴子さんの、無伴奏ヴィオラ・リサイタル。ミュシャがサラ・ベルナールのポスターの専属デザイナーとなったパリ時代の、『トスカ』や『ラ・トラヴィアータ』をヴィオラ用に編曲(編曲は奏者自身)したものを演奏、やがてチェコで生きるムハの姿を『モルダウ』で表現します。
 

 ハイライトはヒンデミットの無伴奏ヴィオラのためのソナタ作品25-1の熱演。ヒンデミットは、ミュシャと同時代の作曲家であり、またクラシック音楽ではじめて実用音楽を唱えた作曲家です。実用音楽とは、特定の目的のために存在する音楽、今で言えば当たり前の商業音楽、ということになるのでしょうか。芸術のための芸術ではなく、一般大衆のための音楽活動で、たとえばダンスや映画のための音楽を言います。ミュシャの芸術活動も、オペラや演劇のためのポスターを制作し、またスラヴ民族復興運動のために活動していたわけで、非常に共通点のあるテーマとも言えるでしょう。
 

 会場のスペースが、定員30名のところ、非常に多くのお客様が参加希望で、無理やり35名を詰め込んでしまい、お客様には窮屈な思いをさせてしまったのが、申し訳なく思います。ちょっとそれでもみなさんお愉しみいただけたとしたら、嬉しい限りです。
 
 


写真の世界を解き明かす!ロバート・メイプルソープ写真展@シャネル・ネクサス・ホール

 AEAOサロン倶楽部4月の会は、写真をテーマに取り上げてみました。
 

 古いセピア色の写真、ちょっと形がいびつになったアンティークの写真が、蚤の市でもよく売られています。モノクロだけれど、一色だけ赤やピンクのカラーが入っているものも、ときどき見かけます。そもそも写真は、いつから、どのようにして発展してきたのか、市場価値はどういうところがポイントなのか、写真の「オリジナル」って果たしてあるのか・・・そんな写真に関する疑問を解き明かそう、ということで、写真の修復家でもある白岩修復工房の白岩洋子氏をお迎えしてのレクチャーを、銀座のカフェにて行いました。
 

 まずは写真の誕生の歴史から。ダゲール、タルボット、ウェッジウッド、ニエプスといった、19世紀の写真史に欠かせない人物名が登場します。
 

 写真の構造を理解し、「写真」、「写真製版」、「印刷」、それぞれの見分け方を学びます。シルバーゼラチンプリントとプラチナプリントの違いは、現物を見て触って、ルーペで細かいところを見ながらのお勉強。今回レクチャーの後で見学するメイプルソープ展では、この2つのプリントが展示されていますので、まずはしっかり違いを学びました。
 

 現代ではデジタル画像が主流ですので、もう紙の写真は要らない、という人もいるでしょうが、要注意!デジタル画像の寿命は決して永遠ではなく、CDやDVDでの保存は有限です。それに対してアナログ写真、いわゆる紙の写真は、紙が燃えない限り、残ります。(アナログ写真には、紙だけでなく、ガラス、金属、プラスチックもあります。)
 

 写真の構造を理解した後は、カフェからシャネル・ネクサス・ホールへ移動し、いよいよロバート・メイプルソープ展の見学です。
 
 
 

 光と影のコントラストを巧妙に表現した数々の作品、その主題もさまざまですが、特に最晩年の作品のテーマである花には、作家自らが死を予感していたと思われる要素を読み取ることができます。
 

 フォーマットとしては珍しい正方形の写真、それでも安定感と居心地の良さを感じるのは、メイプルソープならではの洗練された構図によるものだからでしょうか。
 

 白岩先生のプレレクチャーのおかげで、十二分に堪能できた展覧会見学でした。
 
 ロバート・メイプルソープ財団のHP
 


ミュシャ展、いよいよ開幕

 数多く開催される展覧会の中でも、2017年の代表的なものの一つとも言える「ミュシャ展」が国立新美術館にていよいよ開幕しました。
 

 

 会場に入ってすぐに迫ってくるのは、610 cm x 810 cm の超大作、「原故郷のスラヴ民族」。本展覧会では、「スラヴ叙事詩」が全20作公開されています。どれも巨大な作品なので、かなり離れて鑑賞したいのですが、いつ行くと空いているのでしょうね、内覧会では人、人、人、黒山の人だかりでした。
 
 

 全20作を揃って鑑賞できるのは、チェコ国外では世界初ということですが、必ずしも制作年の時系列的に展示されているわけではありません。1点1点ゆっくり解説と共に見ていくと、あっという間に時間も経ってしまいますが、そもそもミュシャが晩年の約16年間を捧げた大作たち、思う存分時間をかけて鑑賞したいものです。
 

 そしてスラヴ叙事詩で魂を吸い取られたかのような気分になった後は、アール・ヌーヴォーと世紀末、よく知られたミュシャのお馴染みのポスターが待っています。デビュー作とも言えるジスモンダ、メディア、ロレンザッチオ、ハムレット・・・ミュシャのもう一つの顔です。
 

 本展覧会の会期中、5月のAEAOサロン倶楽部では、『ミュシャとムハ、椿姫とスラヴの調べ 〜美術と音楽で紐解く、ベル・エポックの寵児〜』と出したイベントを、素晴らしい空間で行います。自由が丘にある一誠堂美術館、そして併設のカフェ・エミールを貸し切り、そこでミュシャとムハをそれぞれ紐解いていきます。カフェ・エミールには、壁が、ミュシャのポスターで埋め尽くされています。
 

 ガレやドームの逸品を集めた一誠堂美術庵を見学した後のレクチャーは、アール・ヌーヴォーの専門家でもあり、著書「アール・ヌーヴォーの美術」もある岡部昌幸先生。そしてティータイムをはさんで後半は、ミュシャとムハを、ヴィオラ奏者の独奏を聴きながら、音楽で感じていくという企画、是非多くの方にいらしていただければと思います。
 

 


18世紀ファイアンスの魅力

 AEAOサロン倶楽部3月の会は、『18世紀ファイアンスの魅力〜サントリー美術館「コレクターの眼 ヨーロッパ陶磁と世界のガラス」展鑑賞および見どころトーク参加』を、六本木・東京ミッドタウン内にて行いました。場所の魅力か、3月で気候もよいせいか、おかげさまでこの会は満員御礼となりました。
 

 展覧会は、コレクターのお二人が、それぞれサントリー美術館に寄贈したコレクション、「ヨーロッパ陶磁」(野依利之氏)と「世界のガラス」(辻清明氏)から成り立っています。
 

 物があふれ、物の処分に困っている現代、蔵書を近所の図書館に寄贈しようとしても断られる時代です。しかし、「コレクターの眼」をもって蒐集した、歴史的芸術的価値のあるものは、こうして一流の美術館・博物館に収められ、多くの人の眼を愉しませてくれることになるのだという、まさにその見本のような展覧会でした。
 

 プレ・レクチャーは、サントリー美術館のある、東京ミッドタウン・ガレリアの2階にあるukafeにて。オーガニック・カフェなので、オーガニック・コーヒーや和紅茶など、カラダが喜ぶ飲み物です。
 

 参加者のみなさまと、ukafeでお茶とともに、陶磁器のおさらい。陶器と磁器の違いは?鉛釉陶器、錫釉陶器、ボーン・チャイナ、硬質磁器、炻器・・・まずは焼き物の種類を学び、そしてそれぞれ何と呼ばれていたのか、「マヨリカ」「デルフト」「ファイアンス」・・・時間のない中、さらっと復習して、東京ミッドタウン・ガレリア3階に上がります。
 

 まずは学芸員による見どころトークに参加、そして待望のコレクションを鑑賞しました。コレクションのノウハウを知った後では、やはりみなさんの見どころ、チェックポイントが断然違ってくるようで、デルフトの染付や、マヨルカのアルバレロなど、熱心に鑑賞しています。
 

 ヨーロッパでは割合と残っているデルフトやマヨルカ、日本ではなかなか見る機会が少ないので、貴重な展覧会であると言えるでしょう。
 

 今回の展覧会は、写真撮影可とあり、貴重な素晴らしい工芸品をカメラに収めることもできました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


かっこよすぎるカッサンドル!

 AEAOサロン倶楽部、2月の会は、現在埼玉県立近代美術館で開催されている「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」の見学と、特別講演会の参加でした。もちろんプレ・レクチャーも、お茶&お菓子付きで!
 

 カッサンドルといえば、あの有名な「ノルマンディ号」がすぐに思い浮かんできます。イヴ・サン・ローランの「YSL」のロゴも、カッサンドルの作品です。
 
 
 
 
 

 よく言われていることですが、アール・ヌーヴォーもアール・デコも、一時期「粗大ごみ」扱いされていた時代がありました。どちらもブームが去ってしまって、完全に過去の遺物、おばあちゃんの時代の、もう物置に捨てられているもの・・・そんな50年代に、カッサンドルのポスターをコレクションしていた、先見の明のある人が我が国にいたのです。
 

 BA-TSUの創業者である松本瑠樹氏(1946-2012)、彼が生涯をかけて蒐集したポスターの一部が、今回の展覧会にて展示されています。そしてこのコレクションは、世界最高峰のレベルであり、こんな素晴らしいものが我が国で見られることに、同じ日本人として感謝しなくては。
 

 今日の岡部昌幸氏の講演会でも言われていましたが、「不動産に掘り出し物はない、でも芸術品には、掘り出し物はある。良いものは、安い(時期が必ずある)」!!
 

 では、なぜカッサンドルの作品はかっこ良いのか?
 岡部氏は、この秘密を黄金分割の概念から紐解いていきます。美の原理を探求、秘密を発見することから生まれた黄金分割、一般に黄金律と呼ばれる1:1.618こそが自然の美のバランスであり、それをカッサンドルは商業芸術であるポスターに取り入れることに成功したのでした。
 

 またカッサンドルのタイポグラフィーの芸術性の高さにも驚かされます。今、わたしたちが使う、パソコンでのフォントのベースとなるような書体のデザイン、カッサンドルはすでに1920年代に作っていたのですから。
 

ビフュール(Bifur、1929年)
 

 

アシエ(Acier、1935年)
 


 
ペニョ(Peignot、1937年)
 

 

 今回の展覧会では、リトグラフのポスター以外にも、いくつかの原画が同時に展示されています。また、カッサンドルがデザインしたLPジャケット、缶ケース、ボナルのガラス瓶まで・・・今でもパリの蚤の市に眠っているかもしれない、お宝カッサンドルが満載です。
 

「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」

2017/2/11〜3/26
埼玉県立近代美術館
 
 


セラミックス・ジャパン

 本日はAEAOサロン倶楽部、1月の回でした。
 渋谷区立松濤美術館で開催中の「セラミックス・ジャパン」展の見学をメインに、日本の陶磁器の世界を、江戸末期から第二次世界大戦中まで、西洋との関わりを含め、世界市場での状況などを一緒に紐解いていきました。
 
CERAMICSJAPAN
 

 事前レクチャーは、松濤美術館のすぐ近くにある、落ち着いた素敵なカフェ、Takagi Klavierにて。ここの松濤チーズケーキは絶品です!
 

 セラミックスとは陶磁器、陶器と磁器の両方を言いますが、日本の磁器のスタートは1616年。これは、昨年2016年が「日本磁器の誕生400年」として、ざまざまな展覧会やイベントが行われていたので、記憶に残っている方も多いでしょう。ヨーロッパの硬質磁器のスタートはマイセンの1709年ですから、約1世紀前には、日本ですでに磁器が作られていたのですよ、とよく話していますが、ヨーロッパのように、硬質磁器の製法解明に伴って従来の陶器が下火になるかと言えば、日本ではそんなことはありませんでした。
 

 幕末から明治の初期にかけての万博に参加したことにより、西洋にはジャポニスム・ブームがやってきますが、やがてそのブームも衰退します。そんな中、日本の陶磁器業界では、どのようにして乗り切っていったのか、日本にはアール・ヌーヴォーはあったのか、民藝とどのような接点があったのか、日本の最初のディナーセットはどのようにして作られたのか、戦時中はどんなものを作っていたのか、デザインの変遷は・・・こんなすべての問いに、「セラミックス・ジャパン」展は答えてくれました。
 

 会期中、前期と後期で作品の一部が入れ替わっていたため、すべての作品は展示されていませんでしたが、それでも十分に堪能できる展覧会。
 

 作品の多くが「個人蔵」で、滅多に市場ではお目にかからないものも。精磁会社や京都陶器会社といった、今は亡き窯のこういった作品は、本当に貴重な資料ですね。