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AEAOサロン倶楽部・3月の会「皇居三の丸尚蔵館でみる明治のラグジュアリー」

3月3日・お雛様の日、今日はAEAOサロン倶楽部で皇居三の丸尚蔵館の展覧会を鑑賞、その後皇居をゆっくりと散策し、遅めのランチはパレス・ホテルでたっぷりのフルコースをいただき、ホテル・アーケードを愉しむというラグジュアリーな大人の女子会となりました。

皇居三の丸尚蔵館は昨年11月に一部リニューアル・オープンし、開館記念展である「皇室のみやびー受け継ぐ美ー」展の第2期が本日まで開催。実はまだ「一部」しかオープンしておらず、全面リニューアル・オープンは2026年の予定です。

なぜリニューアルしているのか…それは所蔵品が増えすぎたので収蔵庫を拡張する必要が出てきたから。元々この博物館はかつて「三の丸尚蔵館」(「皇居」の文字は入っていません)として1993年にオープンしました。1989年昭和天皇の崩御の際、遺族である現上皇さまと香淳皇后により国庫に寄贈された美術品約6000点を展示する施設として作られたのですが、秩父宮妃の遺品、香淳皇后の遺品、高松宮妃の遺品…とどんどん追加収蔵され、収蔵庫に入りきらなくなったというのがリニューアルの理由です。

日本国民が誤解していることに、「皇室は私有財産を持てない」「相続税はかからない」がありますが、実は皇室の方々も私有財産というのものがあり、これらは相続の際には相続税の対象になっています。昭和天皇の崩御の際、国有財産なのか天皇の私物なのか不明なものも数多くあり、相続税の計算上、どこまでが私有財産なのかを定める必要があった、そしてそのときの遺品財産整理で国へ寄贈されたものが三の丸尚蔵館の誕生へとつながります。

2023年、この三の丸尚蔵館の管轄官庁が宮内庁から文化庁へ移った際に「国宝・重要文化財」指定を開始しました。従来宮内庁が管理していた美術品は、文化財保護法による指定の枠外だったのです。本展覧会の第1期ではあらたに指定された「国宝」が出品されていました。

今日は第2期「近代皇室を彩る技と美」、この全4期までの展覧会の中では最も出品数の多い期なのです。日時指定予約制となっており、私たちは11:00-11:30の入場枠。こういう場合、この枠の入場者は11時より早めに来て待つため列となりますので、敢えて11:10に集合とし、場外で簡単なレクチャーを行った後、余裕で11:20ごろに入場しました。

そのおかげかそれほど混んでもおらず、また写真撮影も一部を除いて可能。ゆっくりと明治工芸の超絶技巧から大正天皇の日常品、そして昭和のはじまりのゆかりの品々を鑑賞できました。

ミュージアムショップもまだできていないのですが、場外に仮設の皇居スーベニアショップができており、ここでカードや図録などは販売されていました。

1時間ほどで鑑賞を終え、せっかくの雲ひとつない晴天の中、少し皇居を散策しました。白鳥濠を通って本丸地区の天守台まで、緩やかとはいえ上り坂。ここでカロリーを消費しておかなくては。まだお花見には早い季節ですので、それほど混んでいなかったのも気持ちがよかったです。外国人率がとても高く、十ヶ国語以上の外国語を耳にした気がします。

大手門へ戻り、13時過ぎにパレス・ホテルへ到着。ロビーの装飾も華やかですね。

グランド・キッチンでコース料理をいただきます。どれも美味しく、量もたっぷり。特にデザートのフルーツとサバイヨン / 桃のソルベはボリューミー過ぎてもう何も入らないほど。2時間ほど楽しく会食&懇親をしました。帰り際には東京マラソンの参加者(サポーター?)も現れ始めていました。

地下のアーケードで、ここでしか買えないペストリーショップでのマロンシャンティイを買ったり、カガミクリスタルや真珠専門店のショーウィンドーを覗いたりしながら、帰途につきました。

ご参加のみなさま、有難うございました。4月のサロンは「雑司が谷 旧宣教師館(旧マッケーレブ邸)と護国寺蚤の市」です。


日本銀行本店内部見学ツアーへ!

AEAOサロン倶楽部・2月の会は日銀内部見学に参加しました。1896年、辰野金吾の設計で竣工した本館は外観だけでも圧巻ですが、その内部に入ったこともある人は限られているでしょう。今日はAEAOサロン倶楽部でこの内部ツアーを企画したところ、申込初日に満席となり、増席した数もあっという間に埋まってしまいました。

受付時間は10分間と限られており、1ヶ月前にすでに日銀側へ伝えてある氏名を身分証でチェックされます。まずは中庭に入り、ここは写真撮影可能エリア。ただ狭いのでパースが取れず全体像が収まりません、(後から説明があったのですが、ここはかつて紙幣を運んでいた場所でもあり、敢えて狭いスペースで四方を囲んで、逃げられないように(!)していたそうです。)

建物内に入ってすぐのエリアでX線検査を受け、まるで航空機に搭乗する並のチェックです。

内部に入ると、まずは10分ほどのビデオで日銀の誕生や日銀のしくみについてのレクチャーを受けます。その後2階(といっても通常の建物とは天井高が違うため、実感としては4階分くらい?)に階段で上がり、歴代の日銀総裁の肖像画のエリアへ。絵画館のような会場で何人かの歴史に残る総裁の説明をしていただきましたが、もうすぐ新1万円札になる渋沢栄一の孫である渋沢敬三の肖像画もありました。この人だけ、他の総裁の肖像画と背景が異なり外の風景なのです。東京大空襲で焼け野原になってしまった東京を敢えて背景に用いて、忘れないようにということだったようです。

本館の模型を見ながら、今どこにいるかを確かめると、ドームの真下に!このドームはかつては窓があり彩光が下まで届くようになっていたようなのですが、関東大震災で焼失し、復旧工事の際に窓が塞がれて飾り窓となったようです。かつてはこのドームの部屋で総裁がお仕事をしていたようですが、舞踏会が開催されていた、と聞いても信じてしまうほどの部屋。残念ながら写真撮影は禁止エリアです。

その後はエレベーターで案内され、創建当初の地下金庫へ。建物の地下の構造がなんとガラス床から覗けるのですが(高所恐怖症の人にはかなり厳しい!)、関東大震災でも倒れなかったこの建物、上部は石とレンガ作りですが基礎工事部分にはすでに当時コンクリートが入っており、さらに近年免震工事を行なって補強しているということで、今この場で地震が起こったとしたら、この場が一番安全なのでは、と思いました。

地下金庫の扉について、イングランド銀行で使用されていたホッブスハート社の扉を輸入、拡張後に使用したのはアメリカ製の金庫扉、やがてそれを元に国産の金庫扉が作られたとのこと。またかつては現金をトロッコに載せて搬送していたため、トロッコレールの跡も残っており、このレールはフランス製。欧米を真似ることから始めてやがて日本独自のスタイルを作り上げていく明治の政策がこんなところにも表れているのですね。

ところで1億円は何キロになるのか、実際にどのくらいのボリュームになるのか、なんてのも体験できるコーナーがありました。1億円は10kgなのですが、10kgの米俵は持てなくても1万円札なら持てそう!?

最後に1階の客溜の空間で写真撮影タイム、コリント様式の柱頭やらステンドクラスやら、アール・デコ調の照明やらかつてのデスクやらを鑑賞したところで正午の拍子木が鳴り、終了。

最後にスタッフさんから裁断されたお札の屑の一部をもらいます。かなり高尚なジグゾーパズルですが、破損したお札は面積が3分の2以上の場合は全額として引換えてもらえますが、5分の2以上、3分の2未満の場合は半額、5分の2未満の場合は残念ながらゴミとなってしまうそうです。

見学後は歩いて10分ほどのカフェ・ル・フォションにてデギュスタシオン・コースのランチをいただき、楽しく懇親しました。今日始めてサロンにご参加された方々も楽しんでいただけたでしょうか。

3月は「皇居三の丸尚蔵館でみる明治のラグジュアリー」です。


建物見学・お茶の水 〜ニコライ堂と、さようなら山の上ホテル〜

1月のAEAOサロン倶楽部は、お茶の水界隈の建物見学を実施いたしました。2023年10月に、山の上ホテル休館の発表が出てすぐに山の上ホテル見学ツアーを計画したのですが、残念ながらパーラーやレストランの予約は取れず、でも休館イベントと称し、館内で歴史展示をしていること、山の上教会を開放していて見学できることから、本日無事催行できました。

まずは懇親会を兼ねたランチ会&ミニレクチャーでスタート。主催者が集合時間の2分前に到着すると、もう参加者さん全員が席に着いていらっしゃいました(スミマセン!)。サロン倶楽部は毎回メンバーが流動的ですが、目的や趣味が似通っているのか、すぐにみなさんで仲良くなります。今回のランチは大学が集まるお茶の水エリアにふさわしい、中央大学構内にある高台で見晴らしのよいレストラン、その名もそのまま『Good View Dining』にて。昨今では大学もおしゃれなレストラン施設を構えているところが多いようですが、意外と穴場ではないでしょうか。特別なコースランチを予約していたのですが、味もサービスも申し分なく、贅沢な空間と19階からのすっきり晴れた空の眺めで美味しくいただきました。

食後は本日のメインとなる見学地の一つ、ニコライ堂へ。ニコライ堂は通称で、正確には東京復活大聖堂教会と言います。ハリストス正教会のハリストスとはキリストのギリシア語読み。ニコライ堂の名は、1861年にロシアより函館へ来日し、正教を日本に伝えにやってきたニコライ・カサートキン司祭の名に由来しています。

1891年に竣工したこの建物はジョサイア・コンドル氏の設計ですが、1923年の関東大震災で被災します。ドームは崩壊し、イコノスタシスは焼損、わずか土台と煉瓦壁のみ残ったそうですが、建築士・岡田信一郎の指揮のもと、6年後の1929年に現在の形に復興します。ビザンティン様式の建物の特徴であるとされるドーム、正方形、八端十字架、イコンがこの大聖堂に表れています。

外観は写真が撮れますが、内部は写真撮影禁止、拝観料を払うといただけるパンフレットを見ながら、すべてを脳内に焼き付けてきました。聖堂内にいくつかあるイコンは原則に従って無署名のため、制作者がはっきりは断定できないということですが、帝政ロシア時代のサンクトペテルブルクに渡って学んだイコン画家・山下りんの作品と思われるイコンについて聖堂内のスタッフの方からお話をいただきました。明らかに他のイコンとは筆致が異なる、これは彼女のものでしょう、と。

見事な装飾の大聖堂教会を見学した後は、続いて2月13日で休館となる山の上ホテルへ。緩やかな坂を登っていくと、レトロ感ムンムンの山の上ホテルが表れてきます。「文化人のホテル」と呼ばれ、川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静などの名士らが好んで利用したとされるホテルですが、2019年にリニューアルしたばかりなのになぜ休館となってしまうのでしょうね。

館内レストランの中で唯一予約制でなく、整理券を引いて待つと入れるコーヒーパーラー・ヒルトップはさすがに到着した時刻では20時までの案内も終了ということでしたが、最後に内部を見学したいという人々の要望に応じて「休館イベント」が開催、創業70年間の山の上ホテル歴史展示が館内で行われていました。資料や家具などをあちこちにアール・デコの装飾がさりげなく表れる館内でたっぷり鑑賞させていただきました。

そして今回は結婚式でしか使用できない山の上教会も開放しており、暖かい陽だまりの中でチャーチをゆっくり見学できました。1月とは思えない暖かく晴れた日の見学で、本当に最後に来られてよい思い出となりました。

ご参加のみなさま、今日はよく歩きましたね、お疲れ様でした。