真贋」カテゴリーアーカイブ

鑑定の難しさ〜ジョン・コンスタブルの作品〜

 「鑑定」というと、ホンモノかニセモノかを区別するだけ、答えは1つ、と思いがちですが、それほど単純でないのは、美術品や工芸品も他の事象と同様です。物事に多様な学説があるように、作品にもそれぞれの専門家がそれぞれの説を唱えることは多々あります。
 

 つい先日、ニューヨークのサザビーズで450万ドル(ハンマープライス)で落札された、ジョン・コンスタブルの作品。
 
 

ジョン・コンスタブル(あるいは弟子によるもの?)

ジョン・コンスタブル(あるいは弟子によるもの?)


 

 なんとこの作品は、2013年にロンドンのクリスティーズで3500ポンドで落札されたばかりの作品です。つまりたった18ヶ月で約1000倍になった計算です。
 

 この値段の差は、為替の暴落(または高騰)でもハイパーインフレでもコンスタブルの作品がバブルになったわけでもなく、鑑定の違い。サザビーズはこの作品をジョン・コンスタブル自身の作と鑑定し、一方のクリスティーズはジョン・コンスタブルの弟子によって描かれた作品、と鑑定した結果のようです。サザビーズの鑑定では、コンスタブル自身の作品がで、19世紀末〜20世紀初頭にかけて大掛かりな修復(リタッチ)がされたもの、としています。
 

 どちらが正しいのか…は、コンスタブル本人に聞いてみないことには100%の確証はないでしょうし、これらの「説」も時代によってどんどん変わっていきます。このような例は珍しいことではないのが、この世界。
 

 世界の最高峰とも言える二大オークションハウスので鑑定に食い違いがあるほど、鑑定の世界も一筋縄ではいきません。科学がどれだけ発達しても、この領域での「鑑定」とは、あらゆる仮説をどこまで最大公約数的に採用するか、にかかっているのでしょうか。
 

 ニュースソースは、こちら(英文)


アンティーク鑑定士の人たち

 パリ・アンティーク・ビエンナーレの研修が終了しました。
(研修生のみなさま、集中講義、お疲れ様でした。)
 

 今回の研修では2度に渡ってビエンナーレ会場を訪れました。
  
biennale1
 
biennale2
 
 ここに展示されているものは、もちろんミュージアムピース並みの逸品ばかりですが、その展示物は果たしてホンモノなのでしょうか?一流の骨董ディーラーたちの商品ではありますが、偽物が混じっていることはないのでしょうか?誰がどのようにしてその真贋を保証してくれるのでしょうか?
 

 世界中のアンティーク・骨董業界のディーラーが集うビエンナーレですから、そんな問題に当たる機関が当然存在します。
 

 今回は Compagnie Nationale des Experts(ナショナル鑑定士カンパニー)がその役に当たります。約150人のExpert-marchand(鑑定士ディーラー)を抱えるこの組織、24のカテゴリー別に、それぞれ鑑定エキスパートたちがその名を連ねています。
 

CNE
 

 そのカテゴリーを一部紹介すると、こんな分野があります。
 

銀器
オリエント及び東洋芸術
20世紀と現代装飾美術
宝石
陶磁器
16世紀〜20世紀のデッサン(素描)
時計
イコン
古書
古銭
写真
布、絨毯、タピスリー
・・・

 
 では、鑑定士にはどのようにしてなるのでしょう?
国家資格があるのでしょうか?どんな資格を持っていれば鑑定士になれるのでしょう?鑑定士は鑑定だけを生業にしているのでしょうか?
 

 追い追いお話していきましょう。
 
 


アンティーク・美術品の鑑定書、評価額とは?

 前々回のblogでは、フランスにおける古美術・骨董品の表現方法が法により規制されていることについて、お話しました。
 
 これらの法は、売買の際に規制されるということで、ただ「フランソワ・ブーシェを持ってるんだよ」と友人に自慢しても、もちろん罪にはなりません。ほら吹きでお縄になったらかないませんからね・・・。
 
 さて、その売買の際に、FACTURE(請求書)と並んで、水戸黄門の印籠のごとく存在するのが、CERTIFICAT D’AUTHENTICITÉ(鑑定書、と訳されることが多いですが、ほんもの証明書というニュアンスがある)と呼ばれるもの。
 
 鑑定書が付いていれば何となく信用できそうですが、さて、この鑑定書ってどんな機関の誰が発行していてどういう保証があるのでしょう。
 
 パリ最大のアンティーク・古美術品競売場であるドルーオー会館の周りには、実に多くのオークショニア(commissaire-priseur)、鑑定士(expert)の事務所があり、また競売会社 SVV (Société de Ventes Volontaires)があります。そして、どこでもなぜか「評価額鑑定無料」を意味する、Estimation gratuite という看板が掲げられています。
 
 なぜ、評価額鑑定が無料?鑑定士はどうやって収入を得ているのでしょう?
 
まず、この「無料」は、あくまでも評価額を口頭で伝えるのみ、の鑑定です。
つまり、文章は一切起草しません。従って、責任も保証も何もありません。
 
 「そうだね、これね、1000ユーロくらいでしょうかね、売り立ててみたいとわからないけどね」といった回答が、この評価額無料コース。
 

 もちろん彼らはプロの鑑定士ですから、その品を自分の競売会社で取り扱ってみよう、これは高値で売れる、というものがあれば、青田買いします。「お売りになるんでしたら、是非うちで。次の競売日はいついつですから・・・」と言って、積極的にその品を預かりたがります。(最終的に、その競売会社を通して売り立てを行う場合は、鑑定料は無料になります。もちろん、売れたら規定の手数料を彼らに支払うのですから、彼らも儲かり、一石二鳥。)
 
 しかし、一般人が「おばあちゃんの家にあった、もしかしたら、お宝かもしれないもの」を持ち込んでも、真剣に鑑定してくれるケースは稀、大抵は「大事にしてください」で終わってしまうのでは、と思います。(フランス語で、C’est charmant (素敵ですね)と言われたら、そういう意味です。)
 
 いや、しかしこれは価値のあるものなのだ、あるいは保険をかけたいから、ちゃんとした書面による鑑定書がほしい、ということになれば、それは有料コース。無料なんかでは全然ないのです。
 
 では、おいくら位かかるのでしょう。Drouot Estimations のパンフレットによれば、このように書いてあります。

 Drouot_Estimation

 Drouot_Estimation2
 
 評価額(持ち込みの場合)・・・130ユーロ(税抜き)—15200ユーロまでの品の場合
 
 以下、評価額に応じて、鑑定料が上がっていきます。
 
 ダイヤモンドかもしれない、と思って持ち込んだものがガラス玉であったとしても、アール・ヌーヴォー時代のブローチだと信じてたら新作(あらもの)だったとしても、130ユーロ+20%の付加価値是税はかかってしまうわけです。
 
 持ち込めない家具や美術品の鑑定を呼んで行った場合は、さらに出張費も加算されます。
 
 書面による鑑定書は、もちろん法に従った記載方法で表現されますので、万が一記載に誤りがあれば、鑑定士がその責任を負うことになります。
 
 フランスのオークショニア(競売吏)、鑑定士についての資格試験などは、追々お話していくことにしましょう。
 
 


アンティークや美術品におけるホンモノとニセモノとは?(追記)

 前回のブログで、ルーベンス工房で制作された、弟子だけで描いた作品はホンモノか?というような例を出しましたが、今週の『開運!なんでも鑑定団』で、まさに同じようなエピソードが出ていました。
 

 お宝は、フランス・スナイデルス(1579-1657)の油彩画。ブリューゲル(子)の弟子だった画家です。ヴァン=ダイクともお友達だったようで、ヴァン=ダイクが描いた『スナイデルス夫妻』という肖像画によると、結構ヤサ男。
 

ヴァン=ダイク作『スナイデルス夫妻』

ヴァン=ダイク作『スナイデルス夫妻』

 

 さて、このスナイデルスの油彩画を持っていた依頼人、本人評価額の1000万円に対して、鑑定士の評価は1500万円、但し、この作品はスナイデルスの作品ではなく、スナイデルスが主宰している工房で制作された作品、ということでした。
 

 この時期は絵画制作は工房で複数の弟子たちの元で行われており、ルーベンス工房、レンブラント工房、ヴァン=ダイク工房、など、アトリエ作というのが普通でした。そもそも1人の画家が構想、デッサン、作画とすべて手がけていたのではない時代において、こういう作品はニセモノとは言いませんが、でもスナイデルスのホンモノの作品かというと・・・。
 

スナイデルス『野猪狩り』

スナイデルス『野猪狩り』


 

 こういう工房作品の画家の場合、大きく3つに分けられます。
 
1 画家自らが絵筆を握って描いた作品
2 画家本人がその一部(主に人物の顔と手の部分)を自ら描いた作品
3 画家がスーパーバイザーとして、作品を弟子達に描かせた作品
 
 もちろんこの順番でお値段も下がります。
 
 今回の依頼者のお宝は、3ということで、1500万円。これが1だったら、いくらの値がつくのでしょうね。


アンティークや美術品におけるホンモノとニセモノとは?

 美術品、骨董品、アンティーク品、と言うと、必ず「それってホンモノですか?」と聞く人がいます。
 

 人気のTV番組『開運!なんでも鑑定団』などを見ていますと、「馴染みの骨董店で100万円で買った壷」を鑑定してもらったら5千円だった、というような結果もあり、その場合「ああニセモノだった」となるわけですが…。
 

 「ニセモノ」を語る前に、では「ホンモノ」とは何でしょう。
 

 たとえば、絵画。ルーベンスは分業システムで大量生産をした画家で知られています。助手200人をかかえた大工房での制作。描くのは職人、考えるのは画家、というわけで、彼の場合は構築したに過ぎず、実際に絵の具をキャンバスに当てたのは、ほとんどが助手です。それで、ルーベンスの絵画の値段は、実際ルーベンスがタッチした分量で値段が違うと言われています。
 

 ではルーベンスの工房で、弟子だけで描かれた絵画は「ニセモノ」でしょうか?
 

 フランスでは、美術品を売買する場合、使用される表現は法で定められています。
 

vrai-faux 

 ”De” または”Par“(~による)といった表現に続いて苗字+名前が入っていれば、それはサインがなくとも、その作家自らが手がけた作品、ということになります。
 

 さらに”Signé …”(~とサインされている)とあれば、信憑性に更なるギャランティが加わります。
 

 ”Attribué à …”(~とされる)という表現は、その作家のものとかなりの割合で推測されるものの、ギャランティが得られない場合に使います。ギャランティとは、大家の先生が仰ること、ではなく、必ず証拠品としての文献またはそれに順ずる歴史的事実が必要になります。ただし、この文言が入っていれば、少なくともその作家と同時代の作品であることは証明されています。
 

 ”Ecole“(~派)の後に作家の名前が続く場合、実際に制作したアーティストは、巨匠の弟子であったことが周知の事実で、作風やテクニックを継いでいる、ということになります。
 

 (なお、この表現については、制作したアーティストが存命であるか、死後50年以内でなくては使用できませんので、いくら自分がミケランジェロの彫刻を研究して作風を忠実に再現しても、ミケランジェロ派、とは名乗れません!)
 

 ”Epoque“(~時代)とあれば、その歴史的一定期間、ある世紀、ある時代にその作品が制作された証明があるということです。
 

 ”Dans le goût de“(~風の)、”Style“(~スタイルの)、”Manière de“(~派の趣向で制作された)、”Genre de“(~様式の)、”D’après“(~に倣って)、”Façon de“(~風の)、といった表現があれば、これらにはその作家や様式、時代に関する一切のギャランティはありません、ということです。Style Art Déco (アール・デコ・スタイル)とあっても、それはアール・デコの時代を証明するものでもなければ、アール・デコの様式を証明するものでもない、ということです。
 

 ”Oeuvre authentique“(本物の作品)とあれば、その作品は作家自らの手によって制作されたもの。
 

 ”Original“(オリジナル)とあれば、その作家または作家のコントロールと責任の下で制作されたもの。そのオリジナル作品が、別の既存の作品からインスピレーションを経て制作されたものであれば、その旨も記載しなくてはなりません。
 

 技術によって、複数の作品が出来上がるものがあり、それは法で認められています。その場合、売買人は “tirage” (版)を明記しなくてはいけないことになっています。
 

 ”Reproduction“(複製)の場合は、必ず見える位置に、消えない方法でその旨を記載しなくてはなりません。また、この文言は売買証明書にも記載する必要があります。
 

 こういった表現は、古美術品オークションのカタログを読む際に知識として最低限必要です。たとえば某オークションのカタログに、フランソワ・ブーシェ(1703-1770)の作品の評価額が50-80ユーロとあります。もちろん D’après François BOUCHER と記載されているのは言うまでもありません。このD’aprèsの意味を知らないで、「これはフランスのオークションで購入したフランソワ・ブーシェの作品ですよ」といって売りつけるディーラーがいないとも限りませんので、注意が必要ですね。

 

フランソワ・ブーシェ『ブルネット髪のオダリスク』1749

フランソワ・ブーシェ『ブルネット髪のオダリスク』1749

 
 

(続く)