古いものには、価値がある・・・と思いたいアンティークの世界ですが、古ければなんでもかんでも価値があるか、と言えば、残念ながらそうでもありません。
工芸品に限って言えば、それでも産業革命以前は、どんなものでも手作りが基本でしたし、稚拙なものであっても、その希少性や、歴史的な観点からの価値は否定できないでしょう。中国からの輸入品であり、垂涎の的であった高価な磁器を真似ようと、見よう見まねで必死で作った染付けの陶器、例えば17世紀、18世紀のデルフト陶器などは、ミュージアム・ピースです。
18世紀のデルフト陶器
そこまでのものでなくとも、たとえば19世紀後半に、当時は大量に作られた雑器、これらはアンティークとしての価値はあるでしょうか?バカラやサン・ルイのような有名メーカーのクリスタルではなく、庶民が使用していたであろう、ガラスのグラス。気泡が入っていて、いびつな形をした、ただのグラス。半手工芸品とも言える、製品です。今現在、このようなものは、状態がよいものでも(チップや欠けがないものでも)比較的安価にアンティーク・ショップで購入できます。
それでは、1960年代の雑貨は、どうでしょう。当時の流行りで作られたもの、おもちゃ、ノベルティ・グッズ。正規に購入しようと思っても、もう売られてはいませんが、ネットオークションなどで、よく出品されています。
さまざまなケースがありますが、例えば食べ物に例えて言うと、古くなって腐敗するものと発酵するものがあります。魚などは鮮度が命、腐った魚など、もちろん食べられません(お腹を壊します)。一方、チーズやワイン、発酵することによって、より旨味を増し、美味しく=価値が高くなります。
工芸品も、同じではないでしょうか。
素材で必ずしも区別はできませんが、プラスチックやアルミは、時が経てば、一般には産業廃棄物です。古びて、汚くなっていきます。そこには、温かみとか、時代の良さ、といったもので評価が上がるものは、極めて少ないような気がします。もちろん希少性ゆえに、昭和初期のアルミの弁当箱といったものに、アンティークショップでお目にかかる事はありますが、目の飛び出るような値段ということはありません。
ところが、時の経過と共に、風合いを帯びて味わいが出てくる素材というものがあります。
何気ない雑貨であっても、たとえば集成材でない、無垢の木で作られたレターラックなどは、それなりに古びても愛らしさが残り、アンティークになり得る要素を持っています。
フランス、20世紀前半
最近では、家のパーツであるドアやドアノブ、コンセントのソケットなどを、わざと古いアンティーク品の中から選んで、インテリアにオリジナリティをもたせる設計をする人がいます。ドアの金具の、古い鍛鉄でできたものは、ステンレスの軽い工業製品に比べれば使い勝手も悪く、時には構造的に狂うことも出てくるかもしれません。それでも、殺風景なステンレスよりも、味わいという点は、やはり愛らしく、そもそも暮らしのインテリアというものは、利便性や機能性だけでは決して満足できないし、美しくもないのではないでしょうか。
今持っているものが、ゴミとなるかアンティークとなるか・・・それは、腐敗するか、発酵するか、の違い、とも言えるでしょう。
新しくものを買いたくない、断捨離したい、という人は、腐敗するものばかりを頭に描いています。でも、中には発酵するものもある、という意識で、これから物を見ていくと、少しは変わるかもしれませんよ。