AEAOサロン倶楽部」カテゴリーアーカイブ

マイセン ・セーヴルの源流の古伊万里を訪ねて

多くの文化イベントが自粛要請を受けてバタバタと中止になる中、3月のAEAOサロン倶楽部もどうすべきか色々協議を重ねてきましたが、できることをできる人だけでやろう、ということになり、希望者だけで可能な限りの対策をした上で、予定通り開催されました。

平年より12日も早い歴史的な桜の開花宣言がされたこの日は、皮肉にも前日の春のような暖かさとは打って変わっての寒い一日。朝から東京の気温はどんどん下り、午後には冷たい雨は霙になり、やがて雪。そんな中ですが、参加者のみなさんの向学心と好奇心、そして楽しく生きるための食欲は健在です!

ランチ・レクチャーは渋谷界隈でありながら、中心地の喧騒とは無縁のやや離れた場所にあるレストランにて行われました。

乾杯のドリンク、前菜、リングイーネのパスタ、メイン料理、デザート、と美食を堪能しつつ、中には久しぶりに外に出てきたという人もいたのか、みなさん話に花が咲きます。

その後は専門家の方を交えてのレクチャーです。古伊万里について初期伊万里から江戸全期を通してどのように器形や文様、顔料が変化していったのか、その変化の社会的背景には何があったのか、輸出伊万里はどのような経緯で製作され輸出されるに至ったのか、伊万里に見られる江戸の美意識とは・・・。

マイセン、セーヴルのみならず多くのヨーロッパの名窯が憧れて模倣した伊万里様式。そのオリジナルの「美」の真髄を知ることにより、なぜ西洋の陶磁器窯がどこもこぞって取り入れたがったのか、そのルーツがわかりかけてきました。

伊万里様式はいまでも海外のアンティークマーケットでは人気の品、またオリジナルの古伊万里は日本でも骨董市場で目にする機会が多いかと思いますが、まずは体系的に学び、そして数ある中でも一流品を目にすることから目利への第一歩が始まります。

4月よりスタートするこの展覧会、ぜひ訪れたいものですね。コロナウイルスの影響が落ち着いて、一刻も早く文化施設が再開されますように。


灯りについての歴史〜AEAOサロン倶楽部・2月の会〜

AEAOサロン倶楽部・2月の会は「室内装飾における灯の美学」と題し、ヨーロッパにおける灯りの歴史を学びました。

イネス・ウージェル著『魅惑のアンティーク照明―ヨーロッパあかりの歴史』の翻訳者、中山久美子先生(協会認定アンティーク・スペシャリスト)をお迎えし、灯火具の歴史、燭台の種類、電気の照明とクリエーターたち、の3部構成で大変内容の濃いレクチャーをいただきました。

日本では灯りの器具がヨーロッパほど発達しなかったのか、たとえば燭台の種類にはフランス語で随分と多くの言葉があるのですが、日本語に訳すとすべて「燭台」となってしまう、やはり言葉が多くある国ではそれだけその文化が発展していた証拠だという中山先生のお話に、頷くばかりです。ロウソクを1本立てる器具と複数立てる器具で名前が異なるのですが、日本語で「ロウソク立て」以外に訳しようがないですね。英語でもキャンドルスティックとキャンドルスタンド位になってしまいますが、フランス語では非常に多くの語彙が存在しているのは、やはりそれだけ装飾品としても区別していた証でしょう。

寒く暗い冬の夜、室内で炎がゆらぐ情景は美しいものでしょうが、現代ではさすがにセキュリティの面からもキャンドルを使うことは少なくなってしまいました。でもその代わりに、多くの室内装飾家がデザイン性に長けたテーブルランプやフロアスタンド、シャンデリア、ブラケット灯を生み出し、灯りも建築や家具との調和を意識したものへとなっていきます。

アンティークの燭台は、キャンドルを敢えて灯さずに装飾品としての使い道もあり、いつの時代でも「ルイ15性様式」なるロココデザインが燭台の世界で愛され続けているのも納得です。

次回4月のサロンは、こういったアンティークの燭台を始めとする多くのアンティーク品が登場する映画『アンティークの祝祭』の試写鑑賞会を行います。どうぞご参加くださいね。


1月のサロン「サラ・ベルナール最後の巡回地、松濤にてベル・エポックを偲ぶ」

3連休最後の成人の日、AEAOサロン倶楽部・1月の会を開催いたしました。
 
「ところで、サラ・ベルナールって誰?」
 
日本でも演劇やフランス文化に詳しくない人たちには、その名を知られているとは言えない100年前の女優、サラ・ベルナール。
 
2018年秋より日本全国を巡回中の「サラ・ベルナールの世界展」も、いよいよ最後の巡回地である松濤美術館にて、残すところあと半月となりました。空前の繁栄をしていたとされるフランスの19世紀後半〜第一次大戦までの「ベル・エポック期」のミューズとして生きたサラ・ベルナールにまつわるアイテム(写真、ポスター、舞台衣装、宝飾品、絵画)を見ながら、今一度この時代を振り返ってみました。


  
サラ・ベルナールはもちろん女優としての第一人者でしたが、実は彼女は画家でもあり彫刻家でもありました。特に彫刻作品はサロンにも入選するほどの出来栄えで、今回の展覧会でもサラの彫刻作品が展示されていますが、ロダンが嫉妬したのも納得するほどの見事なもの。


 
ミュシャ、ラリックといった天才アーティストたちを惹きつける魅力はどこになったのか、彼女の生き様とその時代、女性が1人で生きていくためには洗濯女かお針子さんか娼婦になるかしかなかった、そんな時代に芸術を庇護し、芸術を愛し芸術に愛され、社会を牽引していった1人の女優の生涯を、本展日本側監修者・岡部昌幸先生の解説でお話いただきました。