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「お姫様の装い」を大学博物館で

ひな祭りの3月3日、「一日中冷たい雨で、場合によっては雪になるかも」予報が出ておりみなさん着込んで集まったAEAOサロン倶楽部、今回の見学地は大妻女子大学博物館(千代田区三番町)です。

この会は近くのレストランでプレレクチャー付ランチをいただくのが恒例なのですが、この辺りにはあまりゆったりとくつろげそうなレストランがない中、東京グリーンパレスというホテル内のレストラン「食彩厨房ジャルダン」があり、こちらで松花堂弁当を予約いたしました。

個室を用意していただき、広々とした空間内でお弁当(量がたっぷり!)をいただき、そしてプレレクチャー。大学博物館、実はかなり穴場というか、いいところが沢山あるのです。その起源はオクスフォード大学のヴンダーカンマー(驚異の部屋)とされていますが、東京だけでも多くの大学博物館が存在し、他ではお目にかかれない珍品を所蔵している大学も。当協会のサロンでも霞会館記念学習院ミュージアムは何度か訪れています。

今回は大妻女子大学博物館で開催中の企画展「お姫様の装い」を訪れます。この博物館には佐賀鍋島家に伝来する西洋ドレスを復元したもの(卒業制作品)が収蔵されていて、今回お披露目されていました。鹿鳴館時代の中心人物でもあった鍋島夫妻の衣装、ああ意外と小柄だったんだなぁと明治時代の華族たちの生活がよみがえってきます。

18世紀のローブ・ア・ラ・フランセーズからアール・ヌーヴォー期までの装いが一通り展示されていました。また「竹内コレクション」として、19世紀から20世紀にかけての女性用のバッグ、扇の展示もありました。

規模的にはこぢんまりとした展覧会ですが、このお天気にもかかわらず見学者が次から次へと訪れていました。

その後、近くに居ることだし、ということで靖國神社内の遊就館にある茶屋でお茶をすることに。ここもなかなか穴場カフェ&レストラン、メニューには「海軍カレー」とか「海軍コーヒー」とか。私たちはひな祭りということで、甘味をいただきました。

帰りもしつこく雨が降っていましたが、丸一日楽しく過ごせました。ご参加のみなさま、ありがとうございました。

旧山田家住宅を知っていますか?

今日のAEAOサロン倶楽部は、世田谷区指定有形文化財の旧山田家住宅の見学に行きました。成城学園駅から歩いて10分ほどのところにある、昭和初期の建造物です。

まずは懇親会ランチ。今回はフレンチのコース料理を駅からすぐの建物も素敵なアシエットさんにて。ほぼ個室のような空間を贅沢に使わせていただきました。お料理もどれも素晴らしいのですが、カトラリーはクリストフルのアリア、デザート時にはマルリーでした。アンティーク仲間ですので、こういうのは目ざとくチェック!

たっぷり2時間のコース料理を楽しんだ後、旧山田家住宅へ。途中に見られる建物もどれも広大な敷地に邸宅風で立派、さすが高級住宅街。「成城憲章」なるもので、景観も守られているのですね。

旧山田家住宅は、文字通り山田さん(山田盛隆氏)のかつてのお住まいだったのですが、元の建築主は楢崎定吉というアメリカ帰りの実業家、御子さんを成城学園に通わせるためにこの地で住宅を建設したと言われているようです。

外観は洋風ですが内部は和洋折衷。玄関ポーチには昭和初期に流行した、あの帝国ホテルでも使われていたスクラッチタイルがありました。居室はほぼ洋室ですが、2階の客間には書院造の品格のある和室に雪見障子が設えられています。(女中部屋も和室!)

照明器具からドアノブ、上げ下げ窓、ラジエーター、ランドリーシュートなどを見ると昭和初期のブルジョアの様子が垣間見えます。この時代にセントラルヒーティングのあった屋敷ですから、その生活水準の高さが伺えますね。

現在はポーチ(ベランダ)の空間がカフェになっていて、こちらでお茶&パウンドケーキをいただきながら(さっきフルコースを食べたばかりなのに!?)、外の梅の花を眺めつつお喋りに花を咲かせる私たち。

お庭の景色も十分に楽しませていただき、今度は駅と反対側にある世田谷美術館分館の清川泰次記念ギャラリーを訪れました。元々画家であった清川がミサワホームや西武百貨店のデザインを手掛けるようになった1980年代をリアルに生きていた私たち、「こんなデザインのインテリアグッズ(スリッパ、カーテン)、デパートによくあったよね」としみじみしながら清川の旧自宅兼アトリエでの小さな展示を楽しみました。

午前中はまだ冷たかった風も陽の光を浴びて少し暖かくなってきたようです。春までもう少しの我慢ですね。ご参加いただいたみなさま、有難うございました。

大人の銀座のアート遠足、ようやく完結!?

AEAOサロン倶楽部7月の会は、3年越しで行っている「大人の銀座のアート遠足」でした。昨年は9月に、一昨年は8月に、と何故か夏に行っており今年は7月。ただもうこの暑さ、夕方からにしましょうということで午後5時よりスタートしました。

現在の銀座はどこを歩いてもお店の中に入っても外国人ばかり、外国語が飛び交う街になってしまいましたが、これも将来から振り返ると「あの頃は外国人が昼間人口の8割を占めていた」なんていう歴史になるのでしょうか。

というのも江戸時代、一等地は日本橋で銀座は両替の町でした。明治時代に現在の銀座の原型ともいうべき舶来品ショップが誕生し、関東大震災後には「モボ・モガ」「カフェー」の流行が銀座で見られ、第二次大戦後は富裕層のショッピング街として発展します。そして高度成長期に画廊が増え始め、バブル期には300軒もの画廊が銀座に(現在は100軒ほど)。2000年以降は地上階に構えていた画廊が撤退し、海外ブランド店へと様変わり、企業の文化推進活動としてアート・スポットを構えるところが多くなりました。

今回訪れたのは3館。まずはGUCCI銀座ギャラリーの「横尾忠則 未完の自画像 – 私への旅」展を鑑賞しました。GUCCI銀座店内の7階がアートスペースになっており、そこで開催されています。予約優先ということで予め予約をして伺いました。

以前行ったエルメスやこの後行くシャネルではこういうアートホールは入口が一般のお買い物のお客様とは別になっているのですが、GUCCIでは店内のエレベーターから上がるので、ゴージャスな店内へドアマンから扉をうやうやしく開けられて、入ります(申し訳ない気分に!)。一流店ならではのそつのないエレガントな対応に、お客がサービス係より劣等な人種であることを感じる瞬間(そこまで卑下することもないですが)。

会場へ入ると、ものすごく広くはないものの天井高もあって広大な空間に入り込んだ気分に。横尾さんの鮮やかでインパクトのある油彩画(一部はシルクスクリーンやアクリル)が目に飛び込んできます。そして前回1970年の大阪万博時の作品『未完の足場』の再現も!

今日は屋上にも上がれますよ、ということで(日によってNGなこともあるそうです)屋上へ、ちょうど上がったときは私たちだけで独占できて、銀座をビルの上から鳥瞰するというなかなか出来ない光景も目に焼き付けることができました。もちろん暑いのですが、スペース内は冷蔵のように冷え冷えなので、水風呂とサウナの効果のようで、気分も爽快に!

次に向かったのはセイコーハウスホールで開催中の「佐藤 亮・荒川文彦二人展」へ。建物としては和光の中ですが、入口とエレベーターは別にあってそこから上がります。5月に国内研修旅行で金沢に行ったばかりの私たちですが、今回の作家さんはその工芸の町・石川県で制作活動をされています。展覧会は副題が―色絵と漆の間(あわい)に遊ぶ―とあって、色絵磁器と乾漆のモダンなうつわの展覧会でした。

作品は販売品でもあり触ることはできないのですが、会場内のスタッフさんが制作工程や、開けて見ないと内部の文様がわからないうつわなどを開けてくださって懇親丁寧に説明してくださいました。

こちらはプライスも記されているのですが(そのせいか写真撮影は禁止)、作品のクオリティや制作工程からするとむしろリーズナブルに思えてきます。漆の光沢など見ているだけでその高品質さが伝わってくるのですが、スタッフさんは「この仕上げは超絶技巧なんです!でもプラスチックに見えてしまう、その違いを外国の方に説明してもなかなかご理解いただけなくて」と苦笑されていました。和光美術部の企画展、さすがの一流品揃いで目の保養になりました。

次に向かったのはシャネル・ネクサス・ホール。ジャストタイムです。というのも今日は18時から展覧会担当者の作品解説が聴けるというので、うまくこの時間に行けるといいなあと企画していましたが時間通りに到着。しかも水曜日の17時~19時の間はドリンクサービスの日で、見学者にこんな素敵な飲み物を配ってくださいます。

今回の企画は、インド出身の現代アーティスト、Pushpamala N 氏の写真展です。こういういわゆる現代アートは、もちろん鑑賞者が自由な想像で見て感じるものではあるものの、時として脳内が「??」と思考停止してしまうことも多々あるので解説が入るととても有難いのです。担当者さんの熱が入ったのか、たっぷり30分ほど全ての作品について解説をしてくださいました。「フォト・パフォーマンス」という世界、「フォト・ロマンス」とフィルム・ノワールとの影響性、インドという国の映画や写真事情なども一緒に知ると、作品の見かたも変わってきますね。

時間が許せば訪れようと思っていたポーラ・ミュージアム・アネックス、すぐ近くなのですが最終入場時間を過ぎてしまったため今回は諦めて、懇親会のル サロン ド ニナスへ。午後7時からアフタヌーン・ティが、それも昼間と同じ値段でいただけるお店なのです。

昨今のアフタヌーン・ティのブームは凄まじく、もはや高級ホテルでは1万円越えは当たり前、そういえば今回の大阪・関西万博のイギリス館でのアフタヌーン・ティも話題に、というより炎上していましたが、それだけアフタヌーン・ティ文化が日本でポピュラー化してしまったというのも考えてみれば不思議ですね。

このニナスはマリー・アントワネットという紅茶で知られていますが、元々ニナスの前身であった会社はエッセンシャルオイルを抽出する企業でした(当時は工房でしょうか)。ヴェルサイユの宮廷にフレグランスを調達していて、バラやラベンダーをマリー・アントワネットが気に入ってくれたというところから、調合のノウハウを生かして紅茶のフレーバーも作っているようです。

こちらのアフタヌーン・ティはすべて甘系スイーツではなく、セイボリー(ブレゼ・ポークサンド、とうもろこしとフォアグラのキッシュ)がありましたので軽食がてらに、と思っていましたがやはり結構お腹いっぱいに。

みなさんで参院選の評価やら日本の将来やらを語り合いながら、楽しく懇談いたしました。

ご参加いただいた方々、有難うございました。これで銀座のアート・スポットもほぼ全て見尽くしたことになりますでしょうか。尤も展覧会は季節ごとに新しいものが開催されていますから、今後もこれらのアートスポットを頻繁に訪れていきたいと思います。

8月のAEAOサロン倶楽部はお休みですが、イベントを開催、そして9月は江戸東京たてもの園へ。ご参加をお待ちしております。

三鷹でアンティークと名建築に触れた、AEAOサロン倶楽部

大型連休に入った29日(祝)、今日は三鷹の地で月1回のお出かけ講座・AEAOサロン倶楽部を開催しました。「ミタカ・オルゴール館」を見学し、評判のフレンチのお店でランチ、そして山本有三記念館の見学です。

まずは三鷹駅から歩いて5分にあるミタカ・オルゴール館に集合。今回のご参加者の中にご近所にお住まいの方がお二人いらっしゃったのですが「行ったことない」「知らなかった」というわけで、まだまだ知られざる、そして穴場のアンティーク・ミュージアムです。この時間帯は私たちの貸し切りで、1時間たっぷり解説付きでアンティークオルゴール、自動演奏楽器、オートマタなどを実際にその音色を楽しみながら過ごしました。

世界最古のオルゴールはスイスの時計職人によるもので、シリンダー・オルゴール、そして産業革命によりディスク・オルゴールへと発展していきます。繊細な筒や仕組みを見ると、時計職人の手作業でスタートしたというのもうなずけます。当時の上流階級のニーズに応えるべく色々と細部を改良していくのですが、やがて19世紀になると多くの人が楽しめるように、コインを投入してディスク・オルゴールの演奏を聴けるような、ジュークボックスの前身のようなシステムも作り出されます。ポリフォニーである音楽を如何に低音から高音まで響かせられるか、本当に様々な工夫がされているのですね。

「ミタカ・オルゴール館」を後にし、玉川上水脇の「風の散歩道」をゆっくり歩いて、シックなレンガ調の洋館の建物にあるレストラン「エサンス」へと向かいます。ロブションやデュカスで研鑽を積んだというシェフの作るお料理、メニューはその日に入った新鮮な材料でということでお楽しみだったのですが、「酒粕のムース」も「新玉ねぎのスープ」も「レモンローズマリー風味のオオニベ」も「大山鶏の胸肉スパイス焼き」も「クレーム・ブリュレ」も「赤フルーツのシャンパンムース」も、どれもこれも唸る美味しさ!しかも広い個室をご用意いただき、ここでも私たちの貸し切りでゆっくり懇親会ができました。

美味しいお料理で胃も心も満足した後は、すぐ近くの山本有三記念館へ。私たちは文学に興味が、というよりもこの建物に惹かれて見学地に入れたのですが、ここでも私たちのためにガイドさんが解説をしてくださいました。代表作「路傍の石」も入口にどーん、と展示されています。

屋敷は山本有三が建てたわけではなく、この誰が建てたのか不明な洋館を買い取って昭和11年から10年ほど家族と共に暮らした家だそうです。昭和初期に流行したスクラッチ・タイルや大谷石、木の線材装飾などを見るとフランク・ロイド・ライトの影響を感じずにはいられません。またファサードはむしろ表側ではなく裏側だったのでは?というくらい、表側の外観は左右非対称で玄関もすぐにそれとは分からない扉、反対に裏側の外観は左右対称で端正な仕上げになっています。通常このような屋敷は接待用と家族用に分けられ、接待用は表にあつらえるのが普通なのですが、この館はそれが逆なのも面白さの一つなのです。内部はゴシック様式で、ゴシック・リヴァイヴァル期に流行ったという「イングルヌック」と呼ばれる暖炉を中心とした小空間も作られていました。

三鷹のアンティークを楽しんだ後は、お天気も良いし、このまま井の頭公園に入って吉祥寺経由で帰りましょうということで、みなさんで緑の中をお散歩…GW中の祝日とあって、こちらはものすごい人でにぎわっていました。ボートに乗る人の列、有名なお店の前の行列、そして吉祥寺駅に向かう七井橋通りの人混みにちょっと酔いそうになりながら吉祥寺駅までたどり着き、解散となりました。今日は9千歩くらい歩いていたようです。ご参加のみなさま、お疲れ様でした。

AEAOサロン倶楽部「華族文化 美の玉手箱」展を訪れる

三寒四温とはよく言ったもので、昨日までは春の陽気だった天気が一転して冬に逆戻って来たこの週末、土曜日はAEAOサロン倶楽部が開催されました。学習院大学史料館が霞会館記念学習院ミュージアムとして昨日リニューアルオープン、本サロン倶楽部で早速特別展のギャラリートークに参加しました。

まずは目白駅から学習院とは逆側に少し歩いたところにある「パニエ・ド・レギューム」という小さなフレンチレストランにてミニレクチャー&ランチ懇親会。11時半のオープン時には予約者が待機していて、あっという間に埋まってしまうだけあって家庭的ながらも素敵なお店でアペリティフ&コース料理を。

この辺りには徳川ビレッジという庭付きの大きな邸宅が建ち並ぶ界隈があるのですが、今日はいつもの街散策はスルーして、学習院大学・正門へ。昨日オープンしたばかりの機関なので念のため守衛さんにお尋ねすると「沢山の方がもう行かれてますよ」と道案内をしてくださいました。

ミュージアムと書かれた建物、はて、新たに建てたのかと一瞬錯覚してしまいましたが、かつての大学図書館が博物館施設としてリノベーションされたものでした。しかも建築はモダニズム建築の先駆者と言われる前川國男の設計、学習院大学には「前川國男建築」と言われる建物が数棟まだ残っているのだそうです。

最も古い大学博物館とされるのはイギリス・オクスフォード大学で1683年に作られたアシュモンレアン博物館とされており、これは当時流行していたヴンダーカマー(驚異の部屋)が起源と言われていますが、日本の大学博物館というのは実に多種多彩にわたっています。中でも学習院大学はその性質上、公家・大名・華族・幕臣の史料などを豊富に所蔵しており、かつての学習院大学史料館は1975年(昭和50年)に発足しています。

オープン2日目の今日のギャラリートークは研究員・森谷さんによる解説で、なぜこれだけの建物内に展示室がこれだけしかないのか、「パトロネージュ」という言葉にはどういう意味が込められているのか、今回の展示品の中で、用途不明だったとあるものの正体について、なんと現在の天皇が皇太子時代に解明されたのだとか、実に興味深いお話をいただきました。また以前のAEAOサロン倶楽部でもご解説いただいた長佐古美奈子学芸員より、展示室の真正面に展示されているローブ・モンタントに関する佐賀錦のお話とその技法についても詳しくお話をしていただきました。

特別展示室は撮影禁止ですが、常設展示の方は撮影も可能でした。学習院の歴史を辿っていくと、そのまま日本の近代史が浮かび上がってくる、そんな展示でした。

かつての学習院大学史料館であったこの建物も、登録有形文化財ですからちゃんと残っています。
今日は雲行きも怪しく若干寒々しかったですが、もうすぐ開花しそうな気配ですね!