投稿者「antique-kentei」のアーカイブ

アンティーク鑑定士をめぐる映画

 アンティーク鑑定士って普段どのように仕事をしているのか、馴染みのない方にはなかなか想像し難い職業かなと思いきや、このところ立て続けにアンティーク鑑定士が登場する映画が製作されましたね。
 
 今年のお正月映画『鑑定士と顔のない依頼人』を見た方も多いでしょうか。一流の鑑定眼を持つオークショニアで、自らもコレクターである主人公が事件に巻き込まれて行くゴージャスなミステリー、登場人物には美術品修復家、元画家でオークショニアの談合の相棒、顔を見せない資産家令嬢の依頼人、と華麗な世界が繰り広げられるストーリーです。大道具、舞台もゴージャスならペテンも壮大なスケール…見ていない方の為に、これ以上バラすのは止めておきましょう。
 
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 邦画では『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』が話題になりました。
ルーブル美術館で撮影許可が下りたのは、あの『ダヴィンチ・コード』以来だという話。(2015年から無休を目指すこの美術館で映画のロケができる機会も、今後はそうそうないことでしょう。)
 
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 たった一夜でフランス語が話せるようになる等、かなりストーリーに無理はあるものの、鑑定士Qが真贋を見分ける能力を日々培って行くプロセスはなかなか面白いものがありました。
 
 まだ見ていない方、まずはこの2作品、秋の夜長に如何ですか?
 
 

アンティーク鑑定士の人たち

 パリ・アンティーク・ビエンナーレの研修が終了しました。
(研修生のみなさま、集中講義、お疲れ様でした。)
 

 今回の研修では2度に渡ってビエンナーレ会場を訪れました。
  
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 ここに展示されているものは、もちろんミュージアムピース並みの逸品ばかりですが、その展示物は果たしてホンモノなのでしょうか?一流の骨董ディーラーたちの商品ではありますが、偽物が混じっていることはないのでしょうか?誰がどのようにしてその真贋を保証してくれるのでしょうか?
 

 世界中のアンティーク・骨董業界のディーラーが集うビエンナーレですから、そんな問題に当たる機関が当然存在します。
 

 今回は Compagnie Nationale des Experts(ナショナル鑑定士カンパニー)がその役に当たります。約150人のExpert-marchand(鑑定士ディーラー)を抱えるこの組織、24のカテゴリー別に、それぞれ鑑定エキスパートたちがその名を連ねています。
 

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 そのカテゴリーを一部紹介すると、こんな分野があります。
 

銀器
オリエント及び東洋芸術
20世紀と現代装飾美術
宝石
陶磁器
16世紀〜20世紀のデッサン(素描)
時計
イコン
古書
古銭
写真
布、絨毯、タピスリー
・・・

 
 では、鑑定士にはどのようにしてなるのでしょう?
国家資格があるのでしょうか?どんな資格を持っていれば鑑定士になれるのでしょう?鑑定士は鑑定だけを生業にしているのでしょうか?
 

 追い追いお話していきましょう。
 
 

オークションでハンマーを叩くには?

 今週は公式海外研修でパリに来ています。
 

 今年のパリ研修では、多くの講義をオークショニアの国家資格を有する講師にお願いしています。
 

オークショニアを講師に迎えての鑑定講義

オークショニアを講師に迎えての鑑定講義

 
 オークション全体を仕切り、象牙のハンマーを叩くオークショニア、いったいどういう資格でどうやってなれるのでしょう。
フランスではオークショニアの人をcommissaire-priseur (コミサープリザー)と呼びます。数字を吊り上げてハンマーを叩くだけなんて、一見誰でもできそうな仕事に見えますが、実はれっきとした国家資格、この資格を得るのはフランスでは大変難しいのです。
 

 2000年に競売吏の資格に関する改革が行われ、現時点でこの資格を得るには、まず大学で美術史と法律の2学科でLicenceと呼ばれる、大卒資格が最低資格です(更にほとんどの受験者はどちらかでマスターの資格を有しているケースが多いです)。日本の大学と違い、分野が違えば大学1年から単位を取らなくてはならないのですから、この最低の受験資格を満たすだけでも6年はかかります。それゆえ、受験資格は26歳以上となっています。試験科目は美術史4時間、法律4時間で、形式はdissertationと呼ばれる、フランスの伝統的な論文形式。合格率は15%ほどと言われています。そして一生で受験回数は3回までしかできません。
 

 ただし、この試験はあくまでも「オークショニアになるための研修を受ける資格」試験に過ぎず、この「研修を受ける資格」にパスした後、2年間、オークション会社などで研修を受けます(この間は大抵最低賃金で雇われるケースが多い)。2年間の研修期間中、最低半年は裁判によるオークショニアの元で研修しなくてはなりません。無事2年間の研修修了後に、オークショニアとしての国家資格を与えられる最終試験を受け、パスすれば晴れてハンマーを叩く権利が与えられるというわけです。
  
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 現在フランスにはこの国家資格を有する競売吏は約500人、パリには110人ほどおり、女性はその1/10ほどです。
 

 オークショニアの資格がなぜこれほど難しいのか・・・それは、第一にオークションが公式なものであり、第二にオークショニアはオークションに関する責任を負う義務があるからです。カタログに記載されている事実が違うと判明すれば、その責任追及はオークショニアに向けられます。2000年の改革で、この責任期間は10年に縮められましたが、それ以前は30年の責任を負う義務があったのです。
 

 例えば「エミール・ガレ自身のサイン入り」と記載されていたもののサインが偽物だと後に判明した場合、そのオークションが10年以内に行われていれば、ハンマーを叩いたオークショニアが責任を取らなくてはなりません。莫大な美術史の知識が必要であり、ステータスとしては法務省の管轄化にあるため、この資格は非常に難易度の高いものとなっています。
 

 しかしながらオークショニアは法的には「専門」というものがありません。医者で言えば、オークショニアは「一般医」「総合医」であって、「心臓外科医」や「眼科医」ではないのです。従って、彼らは西洋近代絵画も扱えば中国陶磁器も扱う、果てはオセアニア原始美術からアンティーク・ジュエリーまで、といったオークションを行うわけですが、そこで彼らオークショニアと一緒に仕事をするのが、expert(エクスペール)と呼ばれる、鑑定家です。

 
 鑑定家のお話は、また次回。
 

アンティーク・美術品の鑑定書、評価額とは?

前々回のblogでは、フランスにおける古美術・骨董品の表現方法が法により規制されていることについて、お話しました。

これらの法は、売買の際に規制されるということで、ただ「フランソワ・ブーシェを持ってるんだよ」と友人に自慢しても、もちろん罪にはなりません。ほら吹きでお縄になったらかないませんからね・・・。

さて、その売買の際に、FACTURE(請求書)と並んで、水戸黄門の印籠のごとく存在するのが、CERTIFICAT D’AUTHENTICITÉ(鑑定書、と訳されることが多いですが、ほんもの証明書というニュアンスがある)と呼ばれるもの。

鑑定書が付いていれば何となく信用できそうですが、さて、この鑑定書ってどんな機関の誰が発行していてどういう保証があるのでしょう。

パリ最大のアンティーク・古美術品競売場であるドルーオー会館の周りには、実に多くのオークショニア(commissaire-priseur)、鑑定士(expert)の事務所があり、また競売会社 SVV (Société de Ventes Volontaires)があります。そして、どこでもなぜか「評価額鑑定無料」を意味する、Estimation gratuite という看板が掲げられています。

なぜ、評価額鑑定が無料?鑑定士はどうやって収入を得ているのでしょう?

まず、この「無料」は、あくまでも評価額を口頭で伝えるのみ、の鑑定です。
つまり、文章は一切起草しません。従って、責任も保証も何もありません。

「そうだね、これね、1000ユーロくらいでしょうかね、売り立ててみたいとわからないけどね」といった回答が、この評価額無料コース。

もちろん彼らはプロの鑑定士ですから、その品を自分の競売会社で取り扱ってみよう、これは高値で売れる、というものがあれば、青田買いします。「お売りになるんでしたら、是非うちで。次の競売日はいついつですから・・・」と言って、積極的にその品を預かりたがります。(最終的に、その競売会社を通して売り立てを行う場合は、鑑定料は無料になります。もちろん、売れたら規定の手数料を彼らに支払うのですから、彼らも儲かり、一石二鳥。)

しかし、一般人が「おばあちゃんの家にあった、もしかしたら、お宝かもしれないもの」を持ち込んでも、真剣に鑑定してくれるケースは稀、大抵は「大事にしてください」で終わってしまうのでは、と思います。(フランス語で、C’est charmant (素敵ですね)と言われたら、そういう意味です。)

いや、しかしこれは価値のあるものなのだ、あるいは保険をかけたいから、ちゃんとした書面による鑑定書がほしい、ということになれば、それは有料コース。無料なんかでは全然ないのです。

では、おいくら位かかるのでしょう。Drouot Estimations のパンフレットによれば、このように書いてあります。

Drouot_Estimation

Drouot_Estimation2

評価額(持ち込みの場合)・・・130ユーロ(税抜き)—15200ユーロまでの品の場合

以下、評価額に応じて、鑑定料が上がっていきます。

ダイヤモンドかもしれない、と思って持ち込んだものがガラス玉であったとしても、アール・ヌーヴォー時代のブローチだと信じてたら新作(あらもの)だったとしても、130ユーロ+20%の付加価値税はかかってしまうわけです。

持ち込めない家具や美術品の鑑定を呼んで行った場合は、さらに出張費も加算されます。

書面による鑑定書は、もちろん法に従った記載方法で表現されますので、万が一記載に誤りがあれば、鑑定士がその責任を負うことになります。

フランスのオークショニア(競売吏)、鑑定士についての資格試験などは、追々お話していくことにしましょう。

アンティークや美術品におけるホンモノとニセモノとは?(追記)

 前回のブログで、ルーベンス工房で制作された、弟子だけで描いた作品はホンモノか?というような例を出しましたが、今週の『開運!なんでも鑑定団』で、まさに同じようなエピソードが出ていました。
 

 お宝は、フランス・スナイデルス(1579-1657)の油彩画。ブリューゲル(子)の弟子だった画家です。ヴァン=ダイクともお友達だったようで、ヴァン=ダイクが描いた『スナイデルス夫妻』という肖像画によると、結構ヤサ男。
 

ヴァン=ダイク作『スナイデルス夫妻』

ヴァン=ダイク作『スナイデルス夫妻』

 

 さて、このスナイデルスの油彩画を持っていた依頼人、本人評価額の1000万円に対して、鑑定士の評価は1500万円、但し、この作品はスナイデルスの作品ではなく、スナイデルスが主宰している工房で制作された作品、ということでした。
 

 この時期は絵画制作は工房で複数の弟子たちの元で行われており、ルーベンス工房、レンブラント工房、ヴァン=ダイク工房、など、アトリエ作というのが普通でした。そもそも1人の画家が構想、デッサン、作画とすべて手がけていたのではない時代において、こういう作品はニセモノとは言いませんが、でもスナイデルスのホンモノの作品かというと・・・。
 

スナイデルス『野猪狩り』

スナイデルス『野猪狩り』


 

 こういう工房作品の画家の場合、大きく3つに分けられます。
 
1 画家自らが絵筆を握って描いた作品
2 画家本人がその一部(主に人物の顔と手の部分)を自ら描いた作品
3 画家がスーパーバイザーとして、作品を弟子達に描かせた作品
 
 もちろんこの順番でお値段も下がります。
 
 今回の依頼者のお宝は、3ということで、1500万円。これが1だったら、いくらの値がつくのでしょうね。