エズ村を後にしニースのホテルに一旦戻ります。
今回のスケジュール、当初の予定では実はエズ村見学は予定になく、この日は一旦お昼にホテルへ戻り午後からはモナコに行く事になっていました。モナコの大公宮殿を見学し、隙間時間のモナコの旧市街の散策も含め、夜はオテル・ド・パリ内の3星レストラン、ルイキャーンズでディナーという、当協会の海外研修でも初の3星レストラン・デビューです。
3星レストランで食事をするというのは、単に美味しいものや珍味を賞味するというのとは全く違い、これはもうスペクタクルなのです。フランス料理がユネスコの無形文化遺産に登録されているのは料理が美味しいからではなく、「ガストロノミー」として美食を愉しむ環境、所作、雰囲気、テーブルウェア、ワインと料理のペアリング、シェフやメートルドテルとの会話…こういった総合的なエンターテインメントであり、故にカジュアルがどこでもOKな現代でも堂々とドレスコードを求められています。富裕層のリゾートともいうべきモナコで夏でもジャケットを強要される、そういう場所なのです。
予定が狂ってしまったのはモナコの大公宮殿のオープンが「3月下旬」と謳っていたところ今年は例外的に4/2オープンとなる事がかなり直前に分かり、何ヶ月も前から予約していた4/1のルイキャーンズのディナー日には見学できない事となったので、それならばと旅行会社さんが好意でモナコにほど近いエズ村を急遽訪問地に入れてくださったようなのですが…「エズ村を訪れた後のドロのついた靴でオテル・ド・パリには行けない」「いつどこでどのタイミングで服を着替えるのか」「気持ちを切り替える準備が必要」となり、現地で添乗員エリちゃんが手配会社と交渉して、やはり一旦ホテルに戻って着替えてから夜に出発する事になったのです。
各々部屋でお召し替えを済ませホテルに18時に集合し、モンテカルロへ向かいます。
予約は19時半、少し早めに着いたのでカジノやモナコF1グランプリの会場などを見ながらフランスとはちょっと違う豪奢な建物や道行く人の服装、停まっている高級車に気持ちをに高揚させつつ、オテル・ド・パリの扉を潜ります。






このホテル、エルミタージュと並んでモンテカルロ最高峰の5星ホテルですが、1987年、31歳のアラン・デュカスが総料理長に就任すると33歳にして3星を獲得したという華々しい歴史をもつルイ・キャーンズにいよいよ足を踏み入れます。ちなみにホテルのロビーにある像はルイキャーンズ(ルイ15世)ではなく、こちらはルイ14世像。


Art de vivreを学ぶ研修の一環でもあるので、レストラン内の内装などを少し説明して欲しいと予め頼んでおいたところ、責任者の方に温かく迎えられ、なんと予想外に厨房まで見せて頂けるという光栄な機会に恵まれました。シェフを紹介していただき、厨房を内部まで潜入、一緒に写真まで!






そしてテーブルに着いてお食事がスタート…しません。今回は6品コースをお願いしてありましたが最初の品が出てくるまでに数々の言葉による説明や余興の所作が色々とあるのです。最初に置かれているassiette de présentation 、位置皿とか鑑賞皿とか呼ばれるものが大抵セッテイングされているのは、19世紀にかつてのフランス式からロシア式テーブルに移行した際に生まれたもので高級レストランではセッテイング段階で置かれていますが、それがなんとこの白い不思議なオブジェ。お話によると地中海の穏やかな波をモチーフにしたクリエーションなのだとか。このレストランは2015年にリニューアルし、かつての伝統的フランス高級料理のクラシックなテーブルウェアからモダンなスタイルにと一新したのだそうです。


手前にあるのがパン(のようなもの)
位置皿が下げられ、次にメニューのようなものがテーブルに置かれたと思ったら、「こちら、パン(のようなもの)です」!?
ふすまパンのような薄い紙のごとく繊細で中に草花模様が練り込まれているこのパン、手を出すタイミングを逃して下げられそうになったのを「スミマセン、やはり一口ずつ頂きたいので」とテーブルに戻していただきました。いつどのように食べたら良いか分からなかったので躊躇していたところでした。手で割って食べる、パリパリと薄いお煎餅のような食感です。
調味料も説明と共にテーブルへ置かれます。どの産地のどのようなものか…そのセッティングですらもうスペクタクル、例えばオリーブオイルを各人に注いでくれるのですが腕を高い位置に上げて小皿を目がけて注ぐその行為だけで5分は要するのをじっと見つめ…バターのプレゼンテーション、お塩や胡椒の容器に至るまで余りに芸術的で言葉を失ってしまいます。



「お通し」に当たるアミューズだけでいくつか頂いた後、ようやく一皿目「アルベール・ルシアーノのアボカド、ヘーゼルナッツ、貝類、そして地元の鮮魚をナチュラル仕立てと炭火焼で」へ。お料理ができる人でも「何をどうしたらこういう料理になるのか!?」とミラクルなお味。



続いて「こちらを使わせていただきます」とキャビアを見せていただいた後に出てきたのは「シチリア産紫アーティチョークの“アッラ・ジュデア(ユダヤ風)”、海藻、オリヴィエ・バルドゥのイソギンチャク、ブッラータ、キャビア」。伝統的フレンチの破壊ともいうべき斬新な食材との組み合わせですが何とも言えない食感にただただ感心するばかりです。


お魚料理は「グリーンアスパラガス、カマルグ産剣先貝、ケーパー、地中海産マトウダイのコンフィ、魚の頭を使った赤ワインの“ピルピル”ソース」。このアスパラガスのカットとプレゼンテーションにまずは驚き、そしてその歯ごたえと瑞々しさと言ったら…
この辺りで、立場上お仕事として参加しておりスケジュール管理を任っている添乗員のエリちゃんが「あのう、あとどのくらいかかるのでしょう?」と心配顔に。それもそのはず、すでに2時間弱は経過しており、この分ですと帰りの車の手配の時間を遅らせる必要が出てきました。「お急ぎならサービスを早めましょうか」と言われたものの、そんな無粋なことは流石にできないししたくありません。会食中にさりげなくドライバーさんにメッセージを送っていただき、このまま一生に一度あるかないかのこのスペクタクルに身を投じる覚悟をしたところで、ゲリドン・サービスの登場です。



続いてのお肉料理は「グリーンピース、クリスト・マリン(海のフェンネル)、ナマコのパセリ風味、ピレネー産乳飲み仔羊のア・ラ・シュミネ(暖炉焼き)」、出ましたよ、よく銀器の教材でこれは何用でしょう?とお見せするあのサーバー用カトラリーが!!乳飲み仔羊ってまだ草を食む前の、母乳だけしか口にしていない仔羊ですから肉質が柔らかくきめ細かいのが特徴、この辺りでみなさまの胃の中もそろそろキャパオーバーになりつつあるのですが…もちろんまだまだ続きます。

昨今のフランス料理ではチーズをパスすることも多い中、やはりこのような高級老舗レストランでチーズのワゴンが出ないことはあり得ません。以前、Art de Vivreの研修でパリのGrand Vefourにランチで訪れた際にも「もうお腹いっぱいでチーズなんて入らない」状態でしたが、それでも全員で断るのは忍びなく、少しずついただいたのを思い出しました。今回も本当に少しだけ、とお願いし「それならばこちらでセレクションしましょう」とセレクション組、こだわりの好みのチーズを指定する組それぞれで少量ながらもとびきり上等なチーズをいただきました。


デザートの前の儀式、というのがこれまたフランス料理のスペクタクルの一環でもあるのですが、演劇で言う「舞台の転換」、テーブルの上のパン屑などを取り、調味料の容器を下げ、デザートへの第二幕への転換が行われます。この所作も格の劣るレストランですと「一応こういう決まりなんでやってます」風で、パン屑をお客の膝に落としながらの下手なしぐさに遭遇して興ざめすることもありますが、さすがのルイキャーンズ、さりげなさと洗練というのがぴったりなこの動作、普段相手にしている人たちが(私たちとは)違いますものね。


デザートタイム、と言ってもデザートの前のプレ・デザート、デザートの後のミニャルディーズ、チョコレートとスイーツの幕がとめどなく続きます。一般的なフレンチでは仮に2時間として、最初の1時間が前菜からメインまで、後の1時間がデザートにお茶におしゃべり、とデザートタイムを非常に重視するもので、「食後の」デザートではなく、デザートは食事の半分を占めると言っても過言ではありません。今回の本丸デザートは「紫さつまいものスフレとクリスピー、トンダ・ジェンティーレ種ヘーゼルナッツのプラリネ、柚子のアイスクリーム」でした。


食後のお飲み物にハーブティなどは如何でしょう、と持って来られたのは植木鉢!?生のハーブがまだ土に植えられたままの状態で、好みの葉を切ってもらって煎じていただくのです。もはや選択思考能力もアルコールで弛緩してしまい、「オススメを2~3種ブレンドしてください(訳:あの、テキトーに)」とお願いし、フレッシュ・ハーブのお茶をミニャルディーズと共にいただき、もう塩1粒も入りませんとなったところでなぜかクリームポットが各々の席に置かれたと思ったら、ブリオッシュの塊を脇でスライスしているではありませんか!!
「これってエンドレスに続きます?」「いえマダム、こちらで最後となります」ということで、折角の超一流のお味、スルーしてはなるものかと一口だけ。やっと長丁場のオペラが終了、と思ったらアンコールでしょうか、お土産のパネトーネのボックスを一人一つずついただいてしまいました。
これが3星レストラン、これが世界最高峰のお味とサービス、いはやは恐れ入りました。そういえば話には聞くフィンガーボールなるものが途中で出てきたのですが、お水ではなくぬるま湯で、中に花びらが入っていて、洗った手の香りもずっと残っていて、優雅な気分が続いていましたね。

終了したのはシンデレラの魔法が溶けるちょっと前、夜7時半のスタートでしたから4時間はゆうにかかっていました。ワグナーの楽劇並みの長さで、その濃厚さやサプライズの演出もまさに舞台スペクタクル。こういう経験をするのには、ふさわしい環境というものがあります。ある程度の文化教養マナーを身につけ、異文化の食材を胃腸がまだ受け入れられるほどには丈夫で、そして時間的金銭的ゆとりが伴わないと享受できないものですが、その(恐らく一生に一度の)瞬間というのを今回参加者のみなさまと共有できたことは本当に何よりの幸せでした。
このまま上の客室に上がって眠りたいところですが、ロールスロイスならぬミニバスのお迎え(拘束法廷労働時間を超えてしまったため、別のドライバーさん)が来て、モナコからニースに戻り、ホテルで慣れぬ衣装を解いたのは日付が変わった深夜。体力があってこそのイベントでしたね。
