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AEAOサロン倶楽部・4月「宝石 地球がうみだすキセキ展」&ブラスリーレカン

ようやく緊急事態宣言も蔓延防止もなくなり、久しぶりに何も規制のない期間になりました。AEAOサロン倶楽部も再開し、東京・上野の国立科学博物館で開催中の話題の展覧会「宝石 地球がうみだすキセキ展」の見学へ行ってきました。

まずはその前に、恒例の楽しい会食ということで、この日のお食事はブラスリー・レカン。お店のHPにこのような紹介がされています。

昭和7年に創られた上野駅貴賓室が21世紀の今、80年以上の時を経て銀座レカンの姉妹店ブラッスリーレカンとして生まれ変わりました。

アールデコ様式に創られた懐古の空間に、現代的デザインのコラボレイト。

どうぞ、お気軽に楽しいフランス料理と老舗銀座レカンのエスプリをお楽しみ下さい。

銀座レカンといえばフレンチの老舗中の老舗、ディナーに訪れようと思ったら2万円では足りません。その銀座レカンと同じ味が、カジュアルに楽しめるのが上野のブラスリーレカンなのです。しかも場所は元上野駅貴賓室ですから、これはテンションが上がります。

満足の3コースを頂いた後は、新しくなった上野を少し散策したかったのですが、生憎の雨。それでもリニューアルされた西洋美術館の庭などで、ちょっと角度によっては太って見える「考える人」について考えながら、予約の時間に国立科学博物館へ。

予約制とはいえ、混んでいます。展覧会名「宝石 地球がうみだすキセキ展」のキセキがカタカナなのは、貴石と奇跡を兼ねているのでしょうか、宝石の原石がどのようにしてできるのか、まず第1章は原石の誕生から入ります。

宝石展が科学博物館で開催されるだけあって、普段の美術展とは異なり科学的視点からの解説というのが、普段美術系展覧会にしか行かない我々にとっては新鮮です。巨大なアメシストドームは圧巻です。

この原石が宝石になるにはどんな工程が必要なのか、採掘から加工技術までを紹介しているのが第2章、紀元前2000年からの加工技術が解説されています。宝石はカットをしてこそ命が芽生えると言われていますが、そのカットの種類も紹介されています。

第3章では、宝石の価値の基準とされる。輝き、煌めき、彩り、強さについて、それぞれの宝石の特性と多様性が紹介されています。SNSでも話題になっていました「まるで長ネギ?」のトルマリンもありました!

圧巻な巨大宝石たち、ここまで大きいと宝石というよりは氷の彫刻か何かのようです。

ブラックライトを当てると輝き出す宝石も、手品のよう。

そして宝石がジュエリーとして製品化されるのに不可欠なセッティングの技術について、ヴァン・クリーフ&アーペルやギメルの所蔵品をたっぷり眺めながら、貴金属との相性なども感じることのできるコーナーが第4章です。

ここまでは写真撮影可能なゾーンでしたが、ここから先の第5章は写真撮影禁止ゾーン、それもそのはず、古代から現代までの貴重なコレクションがまとめて展示されています。このホールの警備はさぞかし・・・と余計なことを考えてしまうほど、もう巨大な金庫の中に入ったかのような珠玉の名品の輝きをたっぷり浴びることができました。

入館者数もそれなりに多かったので人混みの疲れもありましたが、何よりも宝石の魅力に圧倒され続け、身を粉にして働いても一生手に入れられそうもない宝石の数々に生気を吸い取られたのか、みなさん終了後は「おつかれさまでした」と本当にヘトヘトになり、楽しいサロンが終了しました。

秋の遠足、横浜山手西洋館を巡る旅

今日は昨日の荒天から一転して秋晴れの穏やかな日、まさに遠足日和でした。

5月に計画していたAEAOの遠足シリーズ、春の「笠間で語ろう 〜夢二×ローランサン 乙女の夢はアヴァンギャルド展〜」は残念ながら緊急事態宣言により中止となってしまいましたが、秋の「横浜山手西洋館を巡る旅」は無事催行できました。普段オンラインでお互い顔は見ていても、リアルでの集まりはやはり楽しいものですね。

お昼前に元町・中華街駅のアメリカ山公園からスタート、岩崎博物館、山手111番館、大佛次郎記念館、横浜市イギリス館と回り、庭や花もたっぷり堪能した後は、山手十番館にてフレンチ・フルコースのランチ。

みなさんやはりこの1年、外食はそれなりに控えていたようで、こういう会食ができるようになってよかった!

普段の運動不足と、お肉にもお魚にも合うとオススメされたシチリアワインでちょっと眠くなってしまいましたが、食後は山手資料館、山手234番館、エリスマン邸、ベーリックホールを見学。コロナになってから一部見学できない部屋などがあって残念でしたが、それでもどこも感染対策が万全にされていて、安心でした。

横浜はアップダウンの激しい地ですが、それがマイナスではなくプラスに作用している街づくりの美しさが垣間見れた気がします。

ジェラール水屋敷地下貯水槽なども通り、華やかなイルミネーションの元町ショッピングストリートを通りすぎ、元町に創業して40年の老舗アンティークショップをしっかり堪能させていただきました。

ちょうど1年前の今日、コロナ禍で休止していたAEAOサロン倶楽部を再開し、ホテル・ニューグランド横浜にてランチ+氷川丸の会を行ったのですが、あれから1年ぶりの横浜。1年前の方がまだワクチンもない中で感染が徐々に拡大している時期で恐々としていた気がします。今も決して油断はできませんが、ワクチン接種とこの1ヶ月ほどの感染者激減により、人々の顔つきも少し明るくなっているこの状況、どうかこのまま収束しますように。

AEAOサロン倶楽部再開は旧岩崎邸庭園見学で!

みなさんで集まって見学に出かける・・・コロナ前までは当たり前に行なっていたAEAOサロン倶楽部も今年に入り計画準備しては中止・延期が続いていましたが、10月に入り、ようやく実現できました。

今回の「旧岩崎邸庭園へ行こう!」は元々2020年12月に予定していたサロンでしたが、GO TOの反動のせいかどんどん感染者数が増えていた時期、12月でもあったので風邪を引いてもいけないし、春くらいに延期しましょう、と昨年見送っていた会のリベンジでした。

見学は予約制、館内でのガイディングは禁止ということで、あらかじめオンラインによるプレ・レクチャーを行い、あらためて現地に集合、このシステムは現地での直接のガイディングよりもいったん頭の引き出しに入るという点で効果的だったのではないかと思います。つい3時間に聞いたことが3時間後に目の前にあって、そうか、あのお話か、と記憶の引き出しをすぐ開けられますから・・・。

やはり驚くべく点は、この豪奢な洋館が「木造建築」だということです。ジョサイア・コンドルの設計ですが、施主であった岩崎久彌がアメリカに留学をしていたことで、アメリカのカントリーハウスなどに親しみを覚えていたのでしょうか。

全体はジャコビアン様式という重厚なスタイル、イギリス・ルネサンス様式に、イスラム風なモチーフなども散りばめられています。1階のベランダに、ヴィクトリア女王が「世界で最も美しいボーン・チャイナ」と評したミントン社製のタイルが敷き詰められてあったり、2階には金唐革紙と呼ばれる貴重な壁紙が貼られていたり、世界でも稀有の建築とされているのがよくわかります。

当時は洋館よりもはるかに大きかったとされる書院造の和館も、現在は大広間の一棟だけが残されていますが、洋館から直接アクセスできるように設計されています。

洋館の天井高の空間の後に和館を訪れると、なぜかほっとしてしまうのは日本人のDNAでしょうか、現に家族が暮らす部屋は和館の方に作られていたようです。

この和館の中にお茶席があり、予約はできないのですがたまたま通った時間に運良くテーブル席が1席空いていて、参加者全員でお抹茶と上生菓子で一息。

その後は別棟に建っている撞球室と呼ばれるビリヤード場を見学、スイスの山小屋風と解説にある通り、ちょっと異質な、それでいてワクワクするような木造ゴシックの建築を眺め、夕暮れまで存分に楽しめました。

ロベール・ドアノー展と写真の世界

3月のAEAOサロン倶楽部は、東急Bubkamuraで開催中の展覧会「写真家ドアノー / 音楽 / パリ」に合わせて、写真の世界と写真で見るパリ、そしてフランスの音楽についてオンラインにて集まり、語り合いました。

写真に必要なカメラ、この原理となるものは古代からあったようですが、カメラ・オブスクラを使ってフェルメールは絵を描いたのだろうか?レンブラントは?ダ・ヴィンチもちゃっかり使っていた?なんてミステリーに想いを馳せた後は、19世紀の写真の発明と発展について。ニエプス、ダゲール、タルボット…と写真史で必ず出てくる人たち、画家と写真家の葛藤と融和、ナダール写真館の様子など、19世紀になってようやく動き始める世界なのですね。

パリは観光客が普通に撮っても絵になるフォトジェニックな街ですが、その街が出来上がったのが、ナポレオン3世時代、言わずと知れたパリ大改造計画です。その大改造の前、大改造中のパリを撮った写真家マルヴィルの作品を見ると、ああバルザックのパリはこれだったんだな、と思い、改造後のパリを撮った写真家アジェの作品を見ると、ああプルーストのパリはこれだったんだな、と想像し・・・「古き佳きパリ」はどんな時代にもノスタルジックな想いが詰まっているように見えます。

そして、フランスの国民から最も愛されたと言われる写真家ロベール・ドアノー。今回のBunkamuraでの展覧会は音楽をテーマにした写真が展示されていますが、ドアノーは庶民目線で、何気ないワンシーンを実に愛らしくファインダーに収めていますね。郊外に生まれ、郊外に住み続けたドアノー、キラキラしたパリだけでなく、流しのミュージシャンやロマの人たちの生活に優しい目を向け続けた彼は、性格がとてもシャイだったそうで真正面から被写体を見ることができず、二眼カメラを愛用していた(上から覗き込むので、直接真正面から見なくてもよい)という逸話も含めて、どれもこれもほっこりする作品です。

Bubkamuraでの展覧会は3月31日までです。

久しぶりのリアル・サロン、大倉集古館「海を渡った古伊万里」展

1月に開催予定のAEAOサロン倶楽部は緊急事態宣言を受け延期としていましたが、3/16、3/17の2日間に分け、ようやく実現することができました。コロナ前は当たり前のように毎月集まっていた対面でのAEAOサロン倶楽部は昨年11月以来、4ヶ月ぶりのリアル開催です。

本来まだ緊急事態宣言は解かれていないのですが、大倉集古館が臨時休館から感染者数の減少により再開したこと、本展覧会の会期が3/21までで延長はしないことを受け、ご参加申込者の方々と協議をした結果、気をつけて集まりましょうということで、みなさまのご協力の元に実現にこぎつけました。

2019年にリニューアルオープンしたThe Okura Tokyoと、オークラスクエアと呼ばれる大きな水盤を挟んで真向かいにある大倉集古館、こちらもホテルのリニューアルに合わせて5年もの歳月をかけ改修された美術館で、国の登録有形文化財です。

「海を渡った古伊万里〜ウィーン、ロースドルフ城の悲劇〜」展は、戦争遺産であり、また19世紀後期から20世紀にかけて確立されていった陶磁学に非常に寄与すべく歴史的資料価値の高い展覧会と言えるでしょう。陶片となってしまった作品は、見るものに破壊され傷つけられた悲しい一面を与えますが、同時に陶片から、その断面を調査し産地や年代がより明確になったり、ヨーロッパの陶磁のデザイン流行の歴史があらためてわかったり、日本の輸出用磁器が何を求められていたのか、などという資料価値が含まれています。破壊された陶片を1つ1つ拾い集め、それを展示していた当時の城主のお気持ちが、こうして半世紀以上を経て『古伊万里再生プロジェクト』を立ち上げらせたとしたら、歴史のもつ重みと人類の叡智の結晶を感じずにはいられません。

また修復についても館内ビデオを通してつぶさに知ることができ、その逸脱した技術や材料などが紹介されています。組み上げ修復と呼ばれる欠損部分を残したままの修復や、欠損部分を補って完璧に再現した修復など、修復にもさまざまな種類があることも学びました。このような職人は絶やしてはいけない、でもこんな緻密な作業ができる修復士を育てていくのもこれからは困難な時代になっていきそうです。

The Okura Tokyoのランチも、1日目はバーラウンジ・スターライトにてレイト・ランチ、2日目はオールデイダイニング・オーキッドにて早めのランチ、とどちらも混み合わない時間帯を選んで設定しただけあって、幸いにもゆったりした中で美味しく頂くことができました。マスクホルダーなどが用意されているのも、さすが一流ホテルですよね。

このような状況下で、特に美術館内ではおしゃべりは出来ませんが、同一空間を共有し、同じものを鑑賞し、意見を言い合える、そんな以前は当たり前に出来ていたことが如何に大切で有意義だったのか、桜も開花宣言が出てチラホラと蕾が開花していく中であらためて感じた久しぶりの楽しいリアル・サロンでした。

来月以降もなんとか集まれますように!