2023年初のアカデメイアは、可愛い絵本の挿絵のおはなし

「19世紀のイギリスとフランス ~モノ、コト、流行~」の最終回は、挿絵本のおはなしでした。中山久美子先生がこのテーマを思いついたきっかけを尋ねると、ヴィクトリア朝のイギリスでなぜ絵本が流行ったのかを調べてみたいと思った、ということだそうです。そう、今や絵本は絵本作家とイラストレーターで作りますが、その始まりは小説に挿絵をつけて印刷されていたのですね。

挿絵はどのように生まれて発展していったのか、まずはその挿絵の歴史から丁寧に説明していただきました。中世の装飾写本にはじまり、やがて紙に印刷する木版画、活版印刷、銅版画、木口木版、リトグラフ…実際に自らの手で手がけた経験がないとこのような技法はなかなか頭に入りませんが、作品を見ながら説明を受けると実にわかりやすいです。

挿絵の入った出版物が流行になった19世紀、その背景には産業革命により印刷コストの低下、識字率の向上といった背景がありました。

また「子供」に対する意識の変化も生まれます。従来子供は不完全な大人とされ、たとえば洋服でも食事でも、今のように子供用という区分はかつてはなかったのです。また子供=愛らしい、無垢、天使、というような概念も近代になって生まれたものでした。かつては乳幼児死亡率も高く、大人になるまで生きられて初めて一人前の人間と認められたのかもしれません。

そんな子供にフォーカスし、子供に新しい考え方を与えたのが、かの18世紀の啓蒙思想家ジャン=ジャック・ルソーでした。彼は自然を大切にし、子供は自然に従って育っていく、その可能性に価値を見出したのです。マリー・アントワネットが自分の子供を自分で育てるようになったのも、ルソーの教育論『エミール』の影響が大きいと言われています。もっともルソー自身は自分の子供五人を孤児院に送り込んだという有名な話もありますが。

さて、ヴィクトリア朝のイギリスでは、ルソーの思想が発展し、子供の存在が「愛すべき、大切な」ものへと受け継がれていきます。なぜルソーのお膝元フランスでなくイギリスだったのか、この辺りはまだまだ調べてみたいと思いますが、フランスの19世紀は政体が目まぐるしく交代し戦争や革命で価値観も移ろっていく中、イギリスでは一早い産業革命の完成と中間層・富裕層の確立という安定した社会であったことも要因かもしれません。

その結果、「ファンシー・ピクチャー」なるものが流行し、やがて絵本の流行へと結ばれていきます。

誰もが知っている『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』に描かれている挿絵を思い浮かべられる人は多いでしょう、この作品がなぜ不滅の名作となっていったのか、これはジョン・テニエルの挿絵によるところが大きいと言われています。テニエルは当時の売れっ子挿絵画家でした。他にもウォルター・クレイン、ケイト・グリーナウェイなど挿絵画家についてご紹介いただきました。

版画の所蔵で有名な川崎市市民ミュージアムで学芸員をされていた知識と経験で、版画という複製芸術に思い入れのある先生ならではのレクチャー、有難うございました。

今回にてアカデメイア「19世紀のイギリスとフランス ~モノ、コト、流行~」5回コースは終了です。来月からは、新シリーズ「宝飾品 ~肖像画の中に見るジュエリー~」5回コースがスタート。お申し込みは随時受け付けています。